奈良県「奈良茶飯」

Photo by くにろく

文・料理:大塚 環(本紙特約ライター/防災士)

 日本最古の地震災害の記録は奈良県北部で発生した地震でした(復興わがまち ご当地ごはん! 第57回奈良県「蛸(タコ)もみうり」)。また水害の最古の記録も奈良であり、『日本書記』に記されています(奈良県資料 第1章「江戸時代の奈良の災害」参照)。推古天皇9年(601年)の5月(旧暦なので現在の6月~7月頃)に大雨で川が氾濫し、宮廷に水が流れ込んできたそうです。

 奈良県で古代より水害が頻発していたのは大和川です。大阪府柏原市ホームページ(以下、HP)「1.大和川の歴史」には、河内湾から河内湖に至る5500年前から2000年前の様子や、旧淀川や旧大和川が土砂を運んで何度も洪水を繰り返した結果、大阪平野が形成されたと書かれています。
 江戸時代には大和川に堤防を築きましたが、土砂が川底に溜まり周りの田畑より高くなる「天井川」となり、雨が降るとすぐに決壊するようになってしまいました。そこで万治2年(1659年)頃、旧大和川の川筋を北から西へと変える「付け替え運動」が中甚兵衛らを中心に起こり、幕府に何度も付け替えの嘆願を出したそうです。
 根気強く付け替え運動を行った結果、元禄14年(1701年)頃に再び付け替えが検討され、とうとう工事着手となりました。中甚兵衛も普請御用(ふしんごよう)として工事に参加したそうです(柏原市HP「2.付け替え運動」参照)。

 そんな大和川水系の葛城川で元文5年(1740年)の7月に歴史に残る大災害「御所流れ」が発生しました。この年はお正月に暖かくなったり6月に冬の寒さになったりと異常気象が続いていました。そして7月17日、奈良盆地の西南部にある現在の御所市(当時は五瀬村)付近で集中豪雨となり、葛城川が決壊したのです。民家が多数流れて死者も数多く出ました。
 犠牲者や被害の数は文献によってまちまちですが、上記の奈良県資料「江戸時代の奈良の災害」によれば218人が亡くなり、流失家屋601戸、倒壊家屋58戸、蔵の流失300軒と言われています。御所市の六軒町という町名は、この洪水で6戸の家だけが残ったことに由来するという説があるそうです。

 時代は下り、今度は現在の桜井市で「初瀬流れ」が発生しました。文化8年(1811年)6月15日の夜、午後8時~午前2時までの間に大和川上流の初瀬川で大雨が降り、追分・金屋・三輪といった現在の桜井市付近や布留谷・丹波市村・岩屋谷村・櫟ノ本村などの現天理市付近、高樋村・中之庄村の現奈良市東部まで浸水や洪水、土砂災害が発生しました。初瀬では集落が川のようになり、126人の犠牲者が出たとも伝わっています。上流の山間部では短時間の多量の豪雨が河川に注ぎきれずに決壊して洪水が発生したのに加え、小さな山崩れが数百カ所発生したために山間部の被害が拡大したと見られています。

●料理名:奈良茶飯(奈良県)

 奈良から大阪湾へと流れる大和川は古代より氾濫を繰り返した川でしたが、その景観は美しく、紅葉が見事でした。平安時代前期の勅撰和歌集『古今和歌集』に掲載された在原業平の「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」(「竜田川が紅葉で赤く染まっている。 神話の時代にもこんな美しい景色はなかったのではないか」。訳は奈良県水循環・森林・景観環境部 水資源政策課HP「よみがえれ!大和川清流復活大作戦」より)の竜田川とは、生駒市内から流れ出て大和川に合流する1級河川のことです(なら旅ネット 奈良県観光公式サイト参照)。

 また初瀬川が流れる桜井市は奈良県北部の真ん中に位置し、相撲発祥の地、仏教伝来の地として有名です。飛鳥時代、大陸の物資や外国人を乗せた船は大阪湾から大和川を通り、桜井市金屋近辺の船着き場へと到着したのです(桜井市HP 仏教伝来の地参照)。遣隋使であった小野妹子が返答使(隋の煬帝が遣わした者)の裴世清(はいせいせい)と帰国して舟から馬に乗り替えて都に向かったのもこの船着き場でした(「よみがえれ!大和川清流復活大作戦 初瀬川」参照)。
 『万葉集』には初瀬川(泊瀬川)が詠まれた歌が何首か掲載されています。「石走り 激ち流るる 泊瀬川 絶ゆることなく またも来て見む」(「岩の上を走りほとばしっては流れる泊瀬川よ。絶え間なくまた来ては見よう」。訳は奈良県河川整備課「川の万葉集」より)。海がない奈良県にとって、川は大陸文化を運んだ古代の交通の要衝でした。

 今回はそんな奈良県の郷土料理の中から「奈良茶飯」をご紹介します。東大寺の古い献立に茶粥と共に「ゲチャ」と呼ばれる茶飯の原点が出てくるそうで、奈良が発祥地です。しかし奈良の庶民の間では普及せず、旅人が江戸に持ち帰って江戸で流行しました。明治時代以降には奈良でも普及し始めたとのことです。レシピは農林水産省 うちの郷土料理「奈良茶飯」を参考にしました。

奈良茶飯100000096 - 〈 復興わがまち ご当地ごはん! 〉<br> 【第58回】<br> 奈良県「奈良茶飯」
奈良県「奈良茶飯」

★番茶を炒り、ほうじ茶作りから始める

 私は茶葉を炒ってほうじ茶を作るところから始めました。ほうじ茶の作り方をインターネットで検索すると短時間で軽く炒ればいいことが分かり、焦がしすぎないように動かしながら茶葉を炒ります。いい香りがすぐに鉄鍋から立ち上り、その香りは高貴な感じさえしました。早速、炒りたてのほうじ茶にお湯を入れて飲んでみると、とても美味しい!奈良茶飯は、このほうじ茶を冷ましてお米や大豆とともに炊き込むのです。一緒に入れる大豆は水煮大豆を使うと煮る手間が省けます。

 炊き上がった奈良茶飯は炒りたてのお茶のいい香りがそのまま残り、香りと味が楽しめる炊き込みご飯となりました。奈良茶飯作りをしたことで、ほうじ茶は自分で炒って作った方がずっと美味しいことも分かり得した気分です。

 ほうじ茶を作るには普通番茶を使います。番茶(晩茶とも呼ばれていた)は緑茶の一種で新芽を摘んだ後に残った茶葉や大きく育った茶葉を使って作ります。番茶を炒ったほうじ茶はカフェインが煎茶の1/2程度と体にも優しく、病院食のお茶にも出されています。残暑も終わり、夏の疲れが残る9月。体を労わるほうじ茶を使った奈良茶飯は養生食とも言えるでしょう。

〈2021. 09. 07.〉

 

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