奈良県「蛸もみうり」

Photo by くにろく

文・料理:大塚 環(本紙特約ライター/防災士)

 奈良県は大阪府、京都府、三重県、和歌山県に囲まれた内陸の土地で、海には面していません。北部は500~600mの低い山地が奈良盆地を囲み、大和川が流れています。南部には吉野山近くの吉野川(紀の川)や十津川が流れ、中央付近から南部にかけて1000m~1900mの高山地帯として険しい山々が連なり、ニホンカモシカやツキノワグマが生息しています(奈良県ホームページ以下HP 奈良県の紹介参照)。 

 古墳時代(300~592年頃)、飛鳥時代(592年~710年)、奈良時代(710年~794年)に中央政府が置かれていた奈良には古墳群が数多く発見されています。桜井市箸墓(はしはか)には卑弥呼の墓だと伝わる箸墓古墳もあります。また、日本初の世界文化遺産として登録された法隆寺(平成5年 1993年に「法隆寺地域の仏教建造物」として姫路城とともに登録)は推古天皇15年(607年)に厩戸皇子(うまやどのおうじ。聖徳太子)によって建てられたとされています。
 古代の奈良に政治や歴史的価値が高い美術品や建造物が集中したのは、シルクロードの東の終着点だったことも関係しているのでしょう。唐やペルシアとの交流を通じて、当時最先端の技術や知識、仏教が奈良に伝来してきたのです(聖徳宗総本山 法隆寺HP参照)。

 日本で初めて震災が記録された地震も、奈良県北部で発生した地震でした。推古天皇7年(599年)5月28日の地震は規模や震度は不明ですが倒壊家屋も出る大きな地震でした。また日本最大級の地震だった宝永4年(1707年)10月28日の「宝永地震」(マグニチュード以下M 8.4)では、津波が紀伊半島から九州までを襲い、奈良県でも死者63名、潰家3219戸の被害を出しました(奈良地方気象台HP 奈良県の地震災害参照)。さらに約150年後の安政元年(1854年)7月9日には「伊賀上野地震」(M7.3)が発生します。震源地は三重県伊賀市北部で、三重県西部から京都府南東部に走る約31kmの「木津川断層帯」という活断層の活動によって引き起こされました(地震調査研究推進本部 木津川断層帯 参照)。一説によれば三重県桑名、亀山、津で震度5程度、三重県伊賀、上野では震度6~7程度だったとされています。上野で死者約600人、奈良でも死者約300人と倒壊家屋400戸以上の大きな被害を受けました。

 同じ年の暮れ12月23日には「安政東海地震」(M8.4 静岡県で震度6)、12月24日には「安政南海地震」(M8.4 高知県、徳島県沿岸で震度6、紀伊半島西部沿岸と大阪周辺で震度5~6)と大地震が続き、津波が土佐から房総までを襲い日本全体に甚大な被害をもたらしました。さらに安政2年(1855年)には遠州灘でM7~7.5の地震、同年11月11日は「安政江戸大地震」(M6.9 江戸で震度6)が発生し、続く天変地異に「この世の終わり」と考えた人も決して少なくなかったことでしょう。5年ほどしかない安政年間でしたが当時の人々にとっては悪夢のような時代だったと言えます。

蛸もみうり 1 - 〈 復興わがまち ご当地ごはん! 〉<br> 【第57回】<br> 奈良県「蛸(タコ)もみうり」
奈良県「蛸もみうり」

●料理名:蛸もみうり(奈良県)

 さて、今回ご紹介する郷土料理は「蛸もみうり」です。もみうりとはキュウリを塩で揉んで軟らかくし、酢の物仕立てにした料理です。農林水産省 うちの郷土料理「蛸もみうり」には「田植えの終わりに田の神様に感謝し、秋の豊作を祈る行事である早苗饗(さなぶり)の際に、吸盤を持ち吸い付く蛸にあやかって大地にしっかり根付くよう、田の苗がよくつくようにという願いから蛸が入っている」とあります。田植えが終わった後に手伝ってくれた人たちを労う饗宴=早苗饗を開く際、このお料理が振舞われたようです。また、キュウリの旬は夏ですので「胡瓜もみ」は俳句の季語にもなっています。

夏にぴったり蛸とキュウリの組み合わせ

 わが家では毎年庭でキュウリとトマトを育てています。ひと夏に150本ほど獲れることもあり、夏は毎日キュウリを食べています。自分の家だけでは食べきれず、ご近所や職場に持っていくと思いのほか喜んでいただけるのでとても嬉しく思います。それにしても、キュウリはたくさん食べても食べ飽きることがなく、暑くて汗をかく夏にはさっぱりしていて意外なほど多く食べることができます。鶏肉やわかめと一緒に酢の物にしたり、梅肉のあえもの、炒め物、ちらし寿司、ピクルス、醤油漬けやぬか漬けにしたりと大量消費をしています。

 今回は奈良県の郷土料理で蛸もみうりを作ることになり、せっかくですので自分の家のキュウリを使用することにしました。農林水産省のページによれば、昔のキュウリは今の品種よりも固かったため塩でよく揉んで軟らかくする必要があったそうです。現在出回っているキュウリはもともと皮もそれほど固くないので、塩をして軽く揉んで下ごしらえをすれば大丈夫。そして小口切りの際には薄く切る方が見た目も上品ですし、酢も良く染みて美味しいです。蛸はゆで蛸を使用すると便利です。

 蛸の栄養価は高く、高たんぱくで低カロリー、タウリンや亜鉛も含まれています。気温が高い夏は暑さで体に負担がかかりやすい季節です。暑くて火を使いたくない日に蛸もみうりは嬉しい料理。キュウリとゆで蛸を切って、酢などとあえて完成です。美味しさにこだわるのならば、生蛸を買ってきてゆがいて作るのも一考です。食べる前に冷やし、キュッとした蛸とパリパリのキュウリの食感をお楽しみください。ビールやハイボールにもよく合います。

〈2021. 08. 07.〉

 

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