千葉県-イワシのだんご汁

Photo by くにろく

文・料理:大塚 環(本紙特約ライター/防災士)

 「日本三大暴れ川」の一つ利根川が流れる千葉県では、氾濫により過去にたびたび洪水が発生しています。中でも明治43年(1910年)8月の「明治43年関東大水害(庚戌 かのえいぬの大洪水)」は、明治最大の被害をもたらした大洪水として知られています。

 関東地方は梅雨前線の通過にともない8月5日から激しい降雨となり、翌日には利根川と江戸川が増水しました。9日になると印旛郡安食(印旛郡栄町)の堤防から川の水があふれ出し、田んぼが浸水したため千葉県は洪水に備えて水防地区を設定し、警察や自治体職員など151名を配置させました。
 しかし11日に台風が九十九里沖を通過すると我孫子市、印旛郡布鎌村で浸水や堤防決壊が起こり、13日には香取郡滑河町(成田市)の堤防も決壊しました。追い打ちをかけるように14日は別の台風が駿河湾に上陸し、香取郡佐原、新島、津宮、大倉は水害で大きなダメージを受けました。利根川上流の東葛飾郡は堤防決壊66カ所、家屋浸水2719戸、犠牲者5名、佐原町は家屋浸水1190戸、家屋水没1000戸、印旛郡布鎌村は全村が浸水被害に遭ったとの記録が残っています。

 明治43年関東大水害の全国の死者・行方不明者は1357人、負傷者767人、家屋全壊2765戸、家屋流失3832戸、浸水家屋51万8000戸、堤防決壊7063カ所と歴史的な大災害となり、川のようになった田畑の上を船で移動する人々の写真や、軒下まで水につかる家屋の写真が現在も残っています(千葉県資料 「防災誌 風水害との闘い」第1章暴れ川!坂東太郎 参照)。

 この大水害から7年後の大正6年(1917年)、今度は低気圧による高潮が発生し、被害の大きさから「大正6年の大津波」と名付けられた高潮災害が起こりました。台風が関東地方を通過したものの気圧は950hPa(ヘクトパスカル)と低く、強風だった9月30日、翌朝の満潮に向かい東京湾では潮位が上昇したころに新たな台風が接近しました。
 一気に海面が上昇して津波のような轟音と高い波が人々を襲い、東京市内はもとより千葉県でも東京湾に面する浦安町(現浦安市)、行徳町、南行徳村(現市川市)、船橋町(現船橋市)などは甚大な被害を受け、浦安町は壊滅状態だったとのことです。

 この台風による全国の被害は、千葉県気象災害史によれば浸水家屋30万2917戸、死者・行方不明者1324人、市川史による千葉県の被害は浸水家屋7990戸、死者・行方不明者313人でした。また東葛飾郡誌による東葛飾郡の被害は浸水家屋4980戸、死者・行方不明者126人とされています(千葉県資料「防災誌 風水害との闘い」第2章十五夜に海が襲ってきた!参照)。
 東京湾の奥に位置する南行徳村は、江戸時代から入浜式塩田で塩を生産していました。しかし、この高潮によって壊滅的な被害を受け、その後衰退したとのことです。

 

●料理名:イワシのだんご汁(千葉県)

 千葉県のことを房総、または房総半島と呼ぶことがありますが、これは古い令制国の名残です。千葉県ホームページ(以下、HP)の「千葉県のすがたとあゆみ」によれば、その昔、「安房国(あわのくに)」と「上総国(かずさのくに)」、「下総国(しもうさのくに)」の三国があり、それぞれの地名を取って「房総」としたそうです。その後、上総・安房の地域を「木更津(きさらづ)県」、下総の地域は「印旛(いんば)県」としましたが、明治6年(1873年)に両県を合わせた「千葉県」が誕生しました。

 千葉県は三方を海に囲まれた海洋性気候のため冬は暖かくて夏は涼しい土地です。海水浴場も多く、関東の夏のリゾート地として人気の高い行楽地で日本有数の漁港もあります。漁港水揚金額は平成27年(2015年)には全国4位の503億円でした。今後はさらに上を目指して全国3位の560億円を目標にしているそうです。

 また黒潮と親潮が交わる地域や岩礁地帯、内湾水と外海水の混合域など変化に富む漁場を持っているため様々な魚が獲れるのも千葉の特徴です。銚子・九十九里地域ではイワシ、サバ、サンマ、キンメダイ、ムツやチョウセンハマグリ、岩礁地域の外房ではアワビ、サザエ、ひじき、伊勢海老、カツオ、イカ、キンメダイ、マグロ、カジキ、ヒラメ、東京内湾地域ではアサリ、カレイ、コノシロ、アジ、ヒラメ、マダイ、車海老が獲れるほか海苔の養殖業も行われています(千葉県HP「ちばの水産の概要」参照)。

 江戸時代、東京内湾地域の船橋の漁場では、「御菜浦(おさいのうら)」として徳川家に魚介類を献上していました。今でも「三番瀬」と呼ばれる干潟では海苔の養殖を行い、船橋の海苔は香り高く美味しいと定評があるそうです(船橋市HP 船橋の漁業 参照)。
 今回は海辺に伝わる千葉県の郷土料理「イワシのだんご汁」をご紹介します。レシピは農林水産省「うちの郷土料理 次世代に伝えたい大切な味」 いわしのだんご汁を参考にしました。

 

千葉県 イワシのだんご汁 - 〈 復興わがまち ご当地ごはん! 〉<br> 【第56回】<br> 千葉県「イワシのだんご汁」
千葉県「イワシのだんご汁」

★イワシのうまみが詰まったフワフワだんご

 「イワシのだんご汁」は、銚子・九十九里地域に伝わる郷土料理です。九十九里の沖は黒潮が通り、イワシの餌となるプランクトンが豊富で江戸時代からイワシ漁が盛んでした。九十九里町HP イワシとのつながりによれば、九十九里がイワシ漁を重要な産業としたのは、江戸時代以降だったとのことです。商業が発展して人口が増加していった江戸時代は、イワシを食料だけでなく畑の肥料「干鰯」として用いたことから、需要が一気に高まったのです。

 イワシのだんご汁は、最初にイワシを三枚におろします。その後はぶつ切りにして、すり鉢で粘りがでるまですりつぶします。ここで頑張ってすり身を作ることが美味しさの秘訣です。
 ペースト状になったイワシに、すりおろした長芋や味噌、溶き卵を入れてだんごのタネを作ります。いちょう切りにした野菜を汁に入れて煮えたら、イワシだんごのタネをスプーンで上から落とし、だんごが固まったら汁の味を醤油で調えて出来上がり。

 ちょっと時間がかかる料理なのですが、イワシだんごのフワフワの食感は、買ってくる練り物とは全く別物ですのでぜひ作ってみてください。また、しっかりとイワシの味も残っています。魚の臭いが少し苦手な方は、だんごに生姜を加えるといいでしょう。熱々のイワシのだんご汁を飲むと冷房で冷えきった体もポカポカになります。

〈2021. 07. 07.〉

 

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