鳥島近海地震津波の謎? 防災科学、予測技術の壁
広域津波注意報の震源不明―“ステルス津波”が喚起する災害リスク予測の限界
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●“無感地震”で津波…気象庁「普通の地震ではない」
自然災害リスクの多くは事前予測が可能…ちょっと待った!
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気象災害リスク(大雨、台風、洪水、土砂災害、竜巻、落雷、大雪など)は気象予報技術の進展である程度の発生予測ができるようになった……火山噴火は火山性地震やマグマ溜まりの観測から発生可能性の指摘も……このように主な自然災害リスクは防災科学技術の進歩で少なくともリスクの指摘はできるようになってきた……しかし、地震だけはいつ起こるかわからない。ちょっと待った、地震由来の津波も予測できない……?
東日本大震災時、気象庁が東北地方太平洋沖地震の規模と大津波の高さの評価を速報段階で誤った事例は別として、去る10月9日早朝、伊豆諸島の鳥島近海で“地震”が発生し、約500km離れた千葉県館山市では約2万世帯に避難指示が出され、30cmの津波が観測された。
津波発生の現実を目の当たりにしてから津波注意報を発表した気象庁は、地震の規模を示すマグニチュード(M)は一般的に津波を伴うとされるM6よりはるかに小さく詳細不明とし、「津波発生の原因は普通の地震ではない」との見解を示した。一部メディアはこれを“ステルス津波”と呼び、一部専門家は「今回のように規模が小さく、遠く離れた地域の地震でも津波の危険は伴う」とした。
直近の情報(毎日新聞10月28日付け)では、9日の地震で発生した津波について、東京大地震研究所などのチームが10月27日、津波を引き起こす「現象」が繰り返し発生し、津波を増幅させたとの分析結果を公表した(以下、同記事より引用)。
「この地震では、約3時間に14回以上の小さな地震が繰り返し起きたことが気象庁の観測でわかっている。通常、津波を起こす地震はマグニチュード(M)6.5以上とされるが、今回の地震は規模が小さかったにもかかわらず太平洋側の広範囲で津波を観測した。チームは防災科学技術研究所の海底観測網「DONET(ドゥーネット)」の津波記録を解析。地震発生から1時間半にわたって、14回の地震のうち初回を除く13回と同じタイミングで、津波を発生させるなんらかの現象が起きていた。とくに後半の6回は、発生間隔と津波の周期がほぼ同じだったため、発生した津波が重なり合い、振幅が約2倍に増幅したという。どんな現象かは未解明だが、鳥島近海ではその後、噴石の可能性がある軽石が浮いているのが見つかっており、チームは『海底火山活動によって津波が発生した可能性が高い』としている。チームの三反畑修・地震研助教(地球物理学)は『伊豆小笠原諸島には津波を発生させうる海底火山が多数存在している。今回のように大きな地震を伴わない津波の発生は今後も起こりうることを心に留めてほしい』と話した。成果は米地球物理学連合の学術誌に投稿、近く査読前原稿が公開される」としている。
この記事にある「鳥島近海での噴石の可能性がある軽石」は、海上保安庁が確認した浮遊物(本紙P. 1カット写真)と見られる。
毎日新聞:鳥島近海地震 津波引き起こす現象、複数発生し増幅 東大地震研究所
いわゆる「無感地震」とは「地震計には記録されるが人体には感じない地震。震度零」を言うが、鳥島近海の地震は震度零として確かに記録はされていたようだ。これに海底火山活動が影響したための津波発生か、謎は残る。
ちなみに、地震・津波観測監視システム「DONET」は南海トラフ破壊開始域である熊野灘と紀伊水道沖に展開されているもの、東日本太平洋沖に設置されたものは「S-net」と呼ばれ、北海道沖から千葉県の房総半島沖までの太平洋海底に地震計や水圧計から構成される観測装置となっている。
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●地震(地殻変動)由来ではない高波=巨大波
謎の海難事故を招き、大型客船でも転覆のリスク
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ところで、地震が引き起こす津波ではなく、海で“自然に起こる大波=巨大波”というものがある。一般に海洋の波の高さは不規則な海の波の波高で、天気予報で予報される波の高さはその大きい波高の平均値だ。ところが不規則な波の中には波高が極端に大きな波も出現し、これらを巨大波と呼ぶ。巨大波はその発生を予測することも回避することもむずかしく、歴史的にも原因不明の海難事故を起こしている。
わが国では2008年に発生した千葉県沖の漁船転覆事故や、1993年に福島県沖で発生した漁船沈没事故(漁船第五龍神丸沈没事件)で、原因として巨大波があげられている。巨大波は海岸に達することもあり、磯釣りでも注意が必要だ。ちなみに葛飾北斎の『富嶽三十六景/神奈川沖浪裏』の大波を海外では“Tsunami”と表現する例があるが、北斎は“巨大波”をあらわそうとしたものではないかという説もある。
数万トン級の大型タンカー・客船でも巨大波に遭遇すると最悪の場合は沈没に至ることがあり、大型船の遭遇例としては、1933年の米海軍給油艦USSラマーポ、1980年のイギリス汽船ダービーシャイヤー事故、1980年の尾道丸(船首切断後曳航中沈没)などの事例がある。近年では、1995年に大型客船クイーン・エリザベス2が29mの巨大波に遭遇したほか、2001年に南大西洋を航行中の大型客船ブレーメン、カレドニアン・スターの2隻が30mの巨大波の被害にあっている。
このほかにも、大型タンカーや大型コンテナ船が年間平均10隻被害にあったとされ、2001年以降は欧州宇宙機関が衛星画像を用いて巨大波の研究を行い、地球全体で見ると外洋では30m級の巨大波の発生はそれほど珍しいものではないとの報告がある。
巨大波の種類としては、一発大波(フリークウェーブ)、三角波(多方向波)、屈折波・回折波などがある。屈折波・回折波の例では、沿岸部で海底に凸な盛り上がりがあったり水深が急に浅くなる場所で、波がその上を通過した場合に屈折により巨大波が発生する(浅海効果のひとつ)もので、このような条件では10mを超える波が定常的に発生し、サーフィンのスポットとなっている場合もある。
英語圏では巨大波をFreak Wave(気まぐれ波)、Rogue Wave(暴れ波)、Monster Wave、Giant Wave、Extreme Wave、Tsunamiなどと呼ぶことがある。
ここまで、無感地震が引き起こす津波や巨大波という「災害リスクの想定外」を見てきたが、ここでテーマを変えて――「宏観異常現象」という言葉がある。「地震が起こる前に動物などが異常行動を起こした」、「井戸水が濁った」など、科学的根拠は明らかではないが、地震予知・予測の巷説として知られる。つまり災害が起こって、その原因が科学的に解明できないとき、私たちは不安に駆られ、その理由・根拠を求める性向がある。
その一種として、「地震が多い曜日とか時間帯はあるの?」という素朴な疑問がある。結論を言えば、そのような有意な確率を示す裏づけはない。だが、NHKニュースの2022年11月29日付け記事に、「災害は夜間と休日に多いってほんと? 調べてみると…」というものがあった。
NHK担当記者は気象庁が公開している過去約20年間(2002年11月〜22年11月15日)に発生した地震のデータから震度5弱以上の揺れを伴うを地震を調べたら合計289回。それを曜日で振り分けたら、もっとも多いのは土曜日で68回、次に多いのが金曜日で48回、木曜日が41回だったという。
また、地震を発生した時間帯ごとに分けると、最多が23時台で22回、次いで18時台が18回、7時、14時台がいずれも16回という結果。
阪神・淡路大震災や東日本大震災、熊本地震など大地震のあとでは、広域で地震活動が活発になる傾向があることは経験的に確かだ。同記事で取材を受けた東京大学地震研究所・古村孝志教授は、「地震はきまぐれなんです」と応えるいっぽう、地震は「本震-余震型」や「前震-本震-余震型」、前震・本震・余震の区別がはっきりせず、ある地域に集中的に多数発生するような「群発地震型」に分けられるとし、「いつ起きやすいのか」を考えるのではなく「いつ起きてもいいような日常的な備え」が必要だとしている。
NHKニュース:災害は夜間と休日に多いってほんと? 調べてみると・・・
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●梅雨期の九州で「明け方から朝の豪雨、2.8倍」
温暖化影響で豪雪地帯のドカ雪リスク、5倍
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さて、閑話休題――災害リスク予測のテーマに戻ろう。
気象庁気象研究所(気象研)台風・災害気象研究部の加藤輝之氏が近年、地域防災の活動家にも参考になる気象災害リスク傾向について研究発表を行っている。加藤氏は2021年11月に論文「アメダス 3時間積算降水量でみた集中豪雨事例発生頻度の過去45年間の経年変化」を発表、「月別で梅雨期の集中豪雨の長期増加傾向が顕著。7月の発生頻度が45年間で約3.8倍に増大していた(短時間大雨は約2.8倍)」など注目すべき研究成果をまとめた。
その加藤氏が「経年変化」についてさらに直近の研究成果として、「梅雨期の九州では、明け方から朝の豪雨が2.8倍」となる傾向が示されたとする。
いわく、「7月の梅雨期に九州(山口県を含む)で3時間降水量が150mm以上の集中豪雨が午前4〜9時に発生する割合は、それ以外の時間帯に比べて2.8倍高い。午前7〜9時に限ると、3.5倍も高い」という。
なぜ明け方から朝に集中豪雨が多いかは「(気温や海面水温、風など)複合的な要因が考えられ、まだよくわからない」――
研究詳細は、10月25日の日本気象学会(仙台市開催)で発表されるとのことだ(時事通信:10月18日付け)。
時事通信:明け方から朝の豪雨、2.8倍=梅雨期の九州、他の時間帯より―気象研
気象研は豪雪の傾向についても研究成果を10月18日に発表した。報道によると(朝日新聞2023年10月19日付け)、「地球温暖化の影響で全国的に降雪量が減るいっぽう、豪雪地帯では“ドカ雪”のリスクが5倍。日本海側の海面水温が上昇して水蒸気量が増え、気温が低い内陸の山沿いで大雪になりやすかった」という。
気象研は、北海道や新潟などで大雪となった2021年11月〜22年3月のデータを元に、「雪の降りやすさ」を分析。「温暖化がなかった場合と比べると、全国的に雪が降りにくい状況だったにもかかわらず、『10年に1度』レベルの大雪(1日当たりの降雪量52.1mm)に限ると、東日本の山沿いや北海道で増え、とくに北陸地方では約5倍だった」としている。
このように、気象災害の傾向について、過去のデータを元にリスクの可能性を推し量る分析・技術が進展していることは高く評価されるところだ。
気象庁「2023年9月19日14時00分発表 冬(12-2月)の降雪量」より
〈2023. 11. 03. by Bosai Plus〉