石川県 いしる鍋

Photo by くにろく

文・料理:大塚 環(本紙特約ライター/防災士)

 石川県の白山を源流として日本海へ流れる手取川(一級河川)は、幹川流路延長が72㎞、流域面積が809平方㎞の県最大の河川です(国土交通省ホームページ、以下HP「北陸の一級河川」参照)。手取川が運んだ土砂はやがて加賀平野に1万7000ha(ヘクタール)もの広大な手取川扇状地を作り出しました。
 昔から水はけが良すぎたことや氾濫や日照りが度々発生して川沿いに住む人々を悩ましてきました。このため手取川扇状地の治水、利水(農業用水路を作り利用するなど)の歴史は古く、稲作作りが始まった弥生時代から行われていたそうです(北陸農政局手取川流域農業水利事業所の「人々の暮らしを支えてきた用水のはじまり」参照)。

 鎌倉時代以降には治水や利水の取り組みで米作りが広がり穀倉地帯となりましたが、両岸に取水口をいくつも設けた江戸時代には日照りになるたびに水が枯れて村同士の争いが絶えませんでした。そこで坂尻村の肝煎(今でいう村長)であった枝権兵衛は、手取川の中でも夏に水が枯れない安久濤ヶ淵(あくどがぶち)を見つけ、7カ所ある七ヶ用水の中から取水に適さない富樫用水の取水口「十八河原」へとトンネルで水を引く工事を提案します。
 1865年(慶応元年)に加賀藩の協力と私財を使い岩盤(がんばん)をくり抜き、309mのトンネルと730mの水路を作り上げて1869年(明治2年)に工事は完成しました。この偉業によって1800haの土地に水が行き渡り、枝権兵衛は「七ヶ用水の父」と呼ばれるようになりました。

 加賀藩の藩政時代260年には160回もの洪水があったとされていますが、近現代でも水害は発生しています。1881年(明治14年)5月には前年に降った融雪と雨量の増加で手取川の堤防が決壊し、粟生村(現・寺井町)では死者22人、流失家屋10棟、浸水家屋80戸の被害となりました(一般財団法人日本ダム協会HP「石川県の水害」参照)。
 また1934年(昭和9年)7月には手取川の過去最大の水害が起こります。前年の大雪と400mm以上の豪雨で山の地盤が緩み崩壊して「別当谷大崩れ」が発生し、大量の土砂が土石流となって川を下り、白峰村を始めとするほぼ全流域に被害を及ぼしました。推定約1億立方mの膨大な崩壊土砂の流出により、手取川の堤防は約18kmも決壊して死者97人、行方不明者15人、負傷者35人、家屋流失172戸、床上浸水家屋586戸、埋没耕地2113ha、流失耕地 695haの未曾有の大災害を引き起こします。
 この洪水で上流から高さ16m、幅最大19m、重量4839t(トン)の石が3㎞も流されて白山市の牛首川河床に流れ着き「百万貫の岩」(約129万貫あるため)と名付けられました。2001年(平成13年)に県の天然記念物に指定されています(国土交通省 北陸地方整備局 金沢河川国道事務所HP、白山砂防「昭和9年災害概要」参照)。

●料理名:いしる鍋(石川県)

 石川県能登地方に伝わる「いしる(いしり)」は、スルメイカやイワシの内臓を塩で漬けて発酵させた魚の調味料=魚醤(ぎょしょう)です。日本では弥生時代に食材を塩漬けにしていたのが魚醤の起源のようです。
 魚醤は昔から世界中で作られていました。古代ローマ帝国(紀元前753年~476年頃)ではアンチョビ(カタクチイワシ)の内臓を原料とした魚醤「ガルム」を日常的に用いていたそうですし、中国でも紀元前700年頃に「醤(ひしお)」が登場し、魚醤の他に果物や海藻を塩で漬けて発酵させた「草醤」、肉を材料にした「肉醤」、穀物を材料とした「穀醤」がありました(しょうゆ情報センターHP しょうゆの歴史に関するQ&A 参照)。
 タイの「ナンプラー」やベトナムの「ニョクマム」も魚醤です。日本では、石川県の「いしる」以外にもハタハタやイワシを発酵させた秋田県の「しょっつる」、イカナゴを発酵させた香川県の「いかなご醤油」があり、日本3大魚醤と呼ばれています(水産物問屋 マルイチ産商HP 日本が誇る伝統の発酵食品「魚醤」の豆知識 参照)。

 能登半島にある能登町のHPによれば、いしり(いしる)には内浦地区(富山湾側)のイカの内臓を原料としたものと外浦地区(日本海側)のイワシ・サバを原料にしたものの2種類があり、地域によっては「よしる」と呼ばれることもあるそうです。語源は魚の古語「いお」と汁をつなげて「いおしる」→「いしる(いしり)」となったと書かれています(能登町HP いしり 参照)。

 今回は弥生時代の人も食べていたかもしれない魚醤を使った「いしる鍋」に挑戦しました。レシピは農林水産省 うちの郷土料理 石川県 いしる鍋を参考にしています。

石川県 いしる鍋
石川県 いしる鍋

★何でも美味しくなる魔法の魚醤

 能登の味、いしるの美味しさを存分に味わえる料理が「いしる鍋」です。旬の野菜にエビやイカを入れて煮込む石川県能登地方の郷土料理です。今回は白菜(4㎝くらいに切る)、大根(短冊に切る)、葉ネギ、椎茸、海老を入れました。

 いしるを鍋に入れる時には出汁や水で薄めて使います。大きな海老を6匹入れたせいか、海老のミソが溶けだして野菜のエキスやいしると混ざり合い濃厚な絶品鍋が出来上がりました。醤油や味噌とはまた違う深い味わいですので、私は日本の魚醤をもっと多くの人に知っていただき、ぜひ食べてもらいたいと感じました。
 ナンプラーやニョクマムといった魚の香りが強い魚醤が苦手な方も、いしるはクセがないので食べやすいと思います。鍋だけでなく、魚を漬けこんでフライにしたりパスタに入れたり、麺の付け汁にも出来たりとアレンジも自在な魔法の調味料です。
 わが家では舞茸といしるを入れた出汁でキノコご飯を炊いてみましたが大好評でした。醤油の代わりに食材にかけて使う時には、塩分が多いので醤油よりも少な目にするのがコツです。野菜、キノコ、貝、海老、イカ、白身の魚とは相性が良い調味料だと言われています。抗酸化物質やタウリンも含まれ、疲労改善の効果もある天然の発酵調味料です。

〈2020. 07. 07.〉

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