東日本大震災勃発と《Bosai-Plus》関連特集号

15年経過は“もう”か“まだ”か
衝撃の更新で、「次」に備えたい

時間を巻き戻してあの衝撃と想定外を更新。「15年前プロジェクト」

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地球時間の15年は“一瞬”――人の15年は寿命の1/5 or 1/6時間
われら同時代――防災強化に向けて、被災者とあの“揺れ”を共有する
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P1b 東日本大震災勃発と《Bosai Plus》関連特集号より - 東日本大震災から15年
《Bosai Plus》2011年5月15日号(No. 18)は東日本大震災における「想定外」を取り上げた

 東日本大震災から15年――1000年に一度と言われた未曾有の大災害から十余年という“人間の時間感覚”は、地殻変動のような“地球時間”から見ればあまりにも短すぎる。しかし、私たちの生活感覚=人間の寿命から見れば、15年がその5分の1、ないし6分の1を占めるとなると、「もう15年」あるいは「まだ15年」と分かれることもあるだろう。
 さらに大災害の直接の被災者と、同時代を生き、“揺れ”は確かに共有する非被災者の時間感覚もまた、異なるだろう。さらに言えば、これから年を追うごとに、東日本大震災を伝聞=災害史の1ページとして受け止める若年層も増えていけば、経過時間感覚もまた変わるのか。
 ひるがえって、私たち防災にかかわる者としては、この大災害が暴露した現代社会の災害脆弱性との真正面からの対峙=常在防災を、今後ますます迫られることになるはずだ。

 その意味でも、本特別企画はあえて2011年3月11日午後2時46分に時間を巻き戻してみる。あのときの衝撃は、あれから15年のいまならまだ甦らせることができ、「次への備え」のイメージトレーニングにもなるからにほかならない。

気象庁:津波防災シンポジウム「津波警報! そのときあなたは?」 - 東日本大震災から15年
気象庁・津波防災シンポジウム「津波警報! そのときあなたは?」

 「日本は過去から幾度となく津波による被害を受けてきました。そして、これからも、その脅威がなくなることはありません。津波は、的確な避難行動をとることができれば命を守ることができます」――これは気象庁主催「津波防災シンポジウム『津波警報!!そのときあなたは?』」の開催案内の一文だ。そしてこのシンポジウムは2011年3月10日(大震災勃発の前日!)に開催された。

 つまり、防災は当時から“日常化”していたが、その日常化が陥穽ともなり得ること、つまりは「災害の不条理性」を象徴的に示していた。

気象庁:津波防災シンポジウム「津波警報! そのときあなたは?」(開催日 2011年3月10日)

 時間の巻き戻しは、とくに被災者にとっては辛いことではあるが、防災啓発運動に「一日前プロジェクト」というのがある。被災者に「災害の1日前に戻れるとしたら、あなたはなにをしますか?」と問いかけるものだが、ここでは、次への備えのための“衝撃の更新”でもある。

P2 2 気象庁震度分布 - 東日本大震災から15年
気象庁資料より、東日本大震災の震度分布
P2 3 気象庁津波警報 1 - 東日本大震災から15年
気象庁資料・東日本大震災の津波警報

 ちなみに以下は、本紙提携紙《Bosai Plus》による東日本大震災勃発時の同特集および号外へのリンクである――(*現・WEB防災情報新聞は2019. 01. 01からの新設。旧サイトへはリンク切れ、国立国会図書館のサイトでの旧サイト閲覧は可となっている)

《Bosai Plus》2011年3月15日号(No.014):巨大津波 東北沿岸を襲う

《Bosai Plus》2011年4月01日号(No.015):防災の土台は根こそぎ押し流されたのか

《Bosai Plus》2011年4月15日号(EXTRA):東日本大震災=号外2号

《Bosai Plus》2011年5月01日号(No.017):原発災害と向き合う、復興構想会議、どう理解? ほか

《Bosai Plus》2011年5月15日号(No.018):教訓としての想定外、大震災から2カ月 ほか

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2011年東北地方太平洋沖地震「東日本大震災」
―津波・殉職・絆- 貞観+昭和三陸地震津波の再来か
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 本紙「WEB防災情報新聞」掲載の山田征男氏による「周年災害シリーズ」から、「2021年(令和3年)3月の周年災害(10年前の大災害特集)=東日本大震災)」の記述を以下、引用する。なお、記述内容は2021年3月5日現在のものであることに留意。

WEB防災情報新聞:東日本大震災 2021年(令和3年)3月の周年災害(10年前の大災害特集)

 

P2 1 津波避難標識 - 東日本大震災から15年
津波避難標識の想定を超えた大津波(NHKテレビ中継より《Bosai Plus》が画像キャプチャ)

 ――2011年(平成23年)3月11日14時46分ごろ、三陸沖、牡鹿半島東南東130km付近、深さ24kmを震源とするマグニチュード(M)9.0の超巨大地震が発生した。東北地方太平洋沖地震と名づけられ、東日本大震災を引き起こす。
 この地震は、これまで国内史上最大規模と記録されている1896年(明治29年)6月、明治三陸地震の8.5を遙かにしのぐかつてない規模の地震で、宮城県栗原市の震度7をはじめ宮城県、福島県、茨城県の各地に震度6強の揺れをもたらし、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉各県太平洋沿岸部、長さ約500kmにわたり巨大津波が襲いかかった。
 その遡上高は、岩手県宮古市田老地区39.7m、大槌町19m、大船渡市三陸町31.8m、陸前高田市22.2m、宮城県南三陸町16m、女川町35m、仙台市宮城野区5.6m、福島県相馬市21.3m、いわき市15.8mで、千葉県旭市でも8.7mを記録。伝承している1933年(昭和8年)3月に発生した昭和三陸地震津波で、岩手県綾里村(現・大船渡市三陸町)に記録した28.7mを遙かに超えていた。またその規模、震源地、津波などの被災状況から約1100年前の“貞観三陸地震津波”と115年前の“明治三陸地震津波”のメカニズムを併せ持つ可能性があると東京大学地震研究所で分析された。

 津波発生域は震源から約150km北東の岩手県沖で、震源の約70km沖の海底で、陸側のプレート(岩盤)の先端に当たる幅約55km、長さ約160kmの部分が、跳ね上がりながら南東方向に約55mも激しくずれ、海底が約5m隆起したことが大津波を引き起こした原因と分析された。実は地震調査委員会における海溝型地震の長期評価では、この年の1月より30年以内に三陸沖南部海溝寄りでM7.7前後の地震が80〜90%の確率で発生すると予測していていたのだが、このように国の専門機関や地震学者たちが想定外だったM9の超巨大地震の突然の発生は、太平洋側東日本各地に激しい爪痕を残す。
 特に東京電力福島第一原子力発電所では、津波による電源喪失により原子炉の冷却機能が喪失、水素爆発を起こすという国際原子力事象評価尺度最悪のレベル7(深刻な事故)の大事故を引き起こした(別項参照)。

 

P2 4a (P4 15 news15) - 東日本大震災から15年
NHKに提供された視聴者撮影の津波動画より、津波に襲われる岩手県陸前高田市
P2 5 Rescue mission Japan Operation Tomodachi - 東日本大震災から15年
津波による瓦礫で足の踏み場もない岩手県陸前高田市の一角(2011年4月3日撮影、Photo by Mitsukuni Sato/Courtesy: Wikimedia)

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消防・警察、消防団員、民生委員など”志”への殉職
集団避難の失敗と“津波てんでんこ” 要援護者、どうする?
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 (「WEB防災情報新聞」山田征男氏「周年災害シリーズ」から、「2021年(令和3年)3月の周年災害(10年前の大災害特集)=東日本大震災)」の続き/記述内容は2021年3月5日現在のものであることに留意/*一部を抄録)

 ――大津波は市町村の防災担当課職員だけではなく、防災機関や介護および障害者、医療関係施設、学校などに勤務し、あるいは地域で職務を遂行するなど、地域住民、要介護者、障害者、患者、生徒たちなどの避難誘導に当たった多くの人々を殉職させている。
 消防・警察関係では消防団員254人、消防職員27人、警察官30人が殉職した。この日、地震の揺れと大津波の襲来を受け各地の消防団では、団員が手分けをして防潮水門を閉鎖し、ポンプ車などで各地区を巡回して避難を呼びかけたり、逃げ遅れた住民の調査確認、避難誘導などに取り組んだが、役場の消防局や課との無線や携帯電話も途絶え、救援も呼べず孤立した活動になり、水門の閉鎖関連で津波の犠牲になった団員が多い。
 また、地域で災害時要援護者の安否確認や避難誘導を行うなかで殉職した民生委員56人の記録も。自治会、町内会の役員、自主防災組織の人々など、地域で住民の安否確認や避難誘導を行った人々の殉職者について目撃例は伝えられるが犠牲者数は不明だ。

 

P3 1 東日本大震災での想定外の事例より(《Bosai Plus》作成) - 東日本大震災から15年
東日本大震災での想定外の事例より(《Bosai Plus》作成)

 津波の際、集団での避難については、犠牲者を多く出したこともあり、この大震災後は、否定的な意見が多い。1896年(明治29年)6月の明治三陸地震津波の教訓から、三陸地方では“津波てんでんこ”の教訓が伝承され、津波が襲ってきたときは、周りに構わず自分で状況を判断して“てんでんばらばらに逃げ、自分の身は自分で守る”とされている。
 しかし、幼児や身体・精神障害者、介護度の高い高齢者、重・中等症の患者など“災害時要援護者”については、集団とは言わないまでも、組織的な避難誘導や援護が必要である。これらのケースでは、日頃の防災訓練と被災時の学校や各施設のリーダーである園長、学校長、施設長、事業所長などの判断の可否が明暗を分けがちだ。この日、幼稚園児72人が津波犠牲となった。学校関係では、教職員と学生、児童生徒を含めて犠牲者は659人。そのうち集団避難が失敗した事例として石巻市大川小学校の事例が挙げられている。

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原発事故―津波で電源喪失、水素爆発・大量放射能放出を惹起
避難区域指定は福島県内12市町村、避難者数、延べ14万6520人に
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 (「WEB防災情報新聞」山田征男氏「周年災害シリーズ」から、「2021年(令和3年)3月の周年災害(10年前の大災害特集)=東日本大震災)」の続き/記述内容は2021年3月5日現在のものであることに留意/*一部を抄録)

WEB防災情報新聞:(周年災害)東京電力福島第一発電所 事故

 

P3 4 福島第一原発 digiblobe - 東日本大震災から15年
衛星から見た福島第一原発の爆発事故(digiglobe 資料より)
P3 5 積算線量推定マップ - 東日本大震災から15年
積算線量推定マップ

 ――東京電力福島第一原子力発電所の1号機から4号機原子炉が建ち並ぶ大熊町には震度6強の強い揺れが襲った。揺れと同時に1号機から3号機各原子炉は自動的に緊急停止、外部からの電源は停電で失われたが非常用発電機が直ちに起動、それぞれの原子炉内では冷却装置が動き出した。しかし1号機では、高圧の蒸気を冷やして水に戻す非常用復水器が起動と停止を繰り返すという不安定さを示した。4号機と隣接する双葉町に建つ5、6号機は当時定期検査で稼働停止中だったので軽い事故で済むと思われていた。ところが岩手県から茨城県の太平洋沿岸部の約500kmにわたり大津波が押し寄せた。大熊町、双葉町には15時37分ごろ高さ14mの波が、14mから15mも遡上したとされる。

 大津波は防波堤を乗り越えて発電所敷地内に侵入、配電盤や非常用発電機を水没させ、1号機から3号機原子炉の順に全電源が喪失、冷却装置が停止して圧力容器内に注水することが不可能に。それにより高温となった燃料棒が大量に発生する水蒸気と反応して水素を発生させ、1号機原子炉建屋内で水素が爆発し建屋を粉砕、屋外へ水素や放射性物質の放出に至るという大事故に発展した。津波による電源喪失という非常事態を起こしたことが、水素爆発による大量の放射能の屋外放出と汚染という大事故の原因となった。
 事故による避難区域指定は福島県内の12市町村に及び、避難した人数は、延べ14万6520人に達したが、事故前の“安全神話”に基づく避難計画の不備も指摘された。

 

P3 2 今後も想定される大規模災害例(内閣府資料をもとに《Bosai Plus》作成) 1024x582 - 東日本大震災から15年
今後も想定される大規模災害例(内閣府資料をもとに《Bosai Plus》作成)

〈2026. 03. 23. by Bosai Plus

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