初動の遅れと原発情報~能登半島地震に思う

災害を「迎え撃つ」体制を 原発への忖度を危惧

齋藤徳美( さいとう とくみ)
岩手大学名誉教授

P3 1 齋藤徳美氏 - 齋藤徳美「能登半島地震に思う」<br>特別寄稿

【 齋藤徳美(さいとう・とくみ)氏 プロフィール 】
 1945年秋田県生まれ。東北大学大学院工学研究科博士課程修了。1978年国立大学法人岩手大学に助手として赴任以降、教授・理事・副学長を歴任、2015年3月同定年退職、岩手大学名誉教授に。
 専門は地下計測学・地域防災学。岩手山の火山活動に関する検討会座長などを務める。東日本大震災以降は岩手県東日本大震災津波復興委員会・総合企画専門委員会委員長として復興計画の立案、進捗管理などにあたる。
 防災功労で2016年度防災大臣表彰、17年度内閣総理大臣表彰。盛岡市在住。

 

●「山間地で震度7」―官邸の危機管理能力の欠如を露呈

 2004年中越地震(M6.8)では、新潟県川口町で震度7を観測。当時の山古志村では至る所で山地崩壊が発生し、村に続く道路はすべて遮断され、闘牛と錦鯉の養殖で有名な静かな山村は孤立した。約2千人の村民はヘリコプターで長岡市に避難することになった。2008年岩手・宮城内陸地震(M7.2)では最大震度が6強であったが、荒砥沢での国内最大級の地すべりをはじめ山地の崩落が頻発した。

 令和6年能登半島地震――山間地で震度7という最大級の揺れ、しかも半島という地形条件の下でいかに大きな被害が生じているか、官邸にはそのイメージを膨らませる才覚がなかったのであろう。災害においては、被害が著しいほどその情報は入ってこない。「状況を掌握した上で適切な対応を図る」といった議会答弁と同様な認識で危機管理はできない。即、自衛隊への出動要請などを決断し、実行すべきだったのであり、危機管理能力の欠如が露呈されたとしか言いようがない。

 東日本大震災時に、岩手県の危機管理体制はどうであったか。岩手県庁では、2008年岩手・宮城内陸地震の反省に基づいて、総合防災室長や危機管理監を中心に災害対応システムの見直しが行われ、発災と共に全救援組織の代表が災対本部に集結し、全情報を皆で共有し、活動を一体的に指示する体制がつくられていた。発災の半年前には本番さながらの大規模訓練も実施。その結果として、自衛隊、海上保安庁、警察、消防、医療関係者、DMATなどと行政関係者が一体で動く体制が発災と同時に展開された。

 また、必ずや襲来する津波に備えて、被災時に分断される沿岸各地を支援可能ないわば扇の要に位置する遠野市が後方支援基地を整備していた。震災の3年半前には県内87機関、8749人が参加して、内陸ではじめて沿岸部の津波災害を想定した岩手県総合防災訓練を遠野市で実施。さらに翌年には東北6県所在の自衛隊全部隊から約1万8千人、自衛隊車両2300台、航空機43機が参加し、「陸上自衛隊東北方面隊震災対処訓練~みちのくARERT2008」が実施された。

 その後2009年、2010年にも自衛隊の偵察訓練や岩手・秋田・青森県警の訓練が行われ、いわば「迎え撃つ体制」を準備して東日本大震災に対峙することになった。
 岩手県での犠牲者は6千人を越えたが、壊滅的な沿岸部で被災者の救出や道路の開削などに大きく貢献した実績は広く伝えられている。石川県の災対本部の体制に関しては報道では詳しく伝えられていないが、その教訓が生かされていなかったとすれば、残念に思うものである。

●原発耐震基準をはるかに超えた揺れ―政府対応は原発事故可能性を矮小化?

 能登半島地震を引き起こした活断層の詳細は明らかになっていないが、半島の海岸に沿って150㎞にも延びると推定され、そのすぐ先には、敷地内の断層が活断層であるか否か北陸電力と研究者の間でも評価が分かれる志賀原発がある。震度7を観測した志賀町の観測点での最大加速度は2828ガルと日本の原発の大半の耐震基準(1000gガル)をはるかに超えて東日本大震災での揺れに匹敵する揺れである。

 当初、施設に異常はないとの安全情報が流されたが、使用済燃料プールの水が大量にあふれ、冷却ポンプが一時停止、複数の変圧器で配管が破損して大量の油漏れが発し、外部電源の一部が使用不能になるなど異常事態が発生していたことがその後明らかになった。

 志賀原発は運転休止中とはいえ、原子炉建屋の上階には使用済燃料が大量に保管されている。停電で冷却が不能になったり、揺れでプールが破損すれば燃料棒が飛散し放射性物質が拡散することになる。最悪、福島第一原発と同様の放射能汚染、住民避難が引き起こされたかもしれないのである。敷地内には30cm以上の段差やコンクリートの沈下なども生じ、施設のダメージはかなり大きかったと推測される。

 震度7で原発は大丈夫かとの不安を覚えた住民もいたと思われるが、にもかかわらず政府が原発の状況に触れたのは、事故後2時間以上後に林官房長官が「現時点で異常なし」と木で鼻をくくったような発言であった。もしも、放射能漏れなどが生じていれば、住民の避難など即対応が必要となる。再稼働を目指す北陸電力、原発をベース電源と位置づける政府は地震による被害を矮小化しようとする意図があったのではないかと考えるのは穿った見方であろうか。

 言うまでもなく、陸地の400分の1しかない日本の周辺で、世界の地震、火山噴火などのエネルギーの8%程度が放出されており、「変動帯」日本が原発不適地であることは、真摯な地球科学者の一致した見解である。いまだ廃炉の目途も立たず、まさに首の皮一枚でつながった福島第一原発。能登半島西側で最大4mもの隆起という地殻変動を目の当たりにして、志賀原発がその変動域に含まれなかったことは、神のご加護と感謝するしかない。

 さらに、震度7の揺れで山間部の道路は各地で寸断され、多くの木造住宅は破損し人が住める状態にはない。原発事故の際は5km圏は即避難、5~30km圏は屋内待機などという対策が絵にかいた餅であることをモロに露呈したのであり、再稼働の条件をクリアできないことは火を見るより明らかではないか。

 にもかかわらず、能登半島地震で露呈したこのような重大な事実は当初、新聞でもテレビでも報道されることはなかった。これらの課題に言及した報道は実に3週間も経ってからのことである。よもやであるが、国策への従順?忖度?があるとしたら、災害列島に居住する私たちは、どう情報を得て自らの身を守ったら良いのか、うすら寒さを覚えるのである。

P4 1 北陸電力 志賀原子力発電所(志賀原子力規制事務所資料より) - 齋藤徳美「能登半島地震に思う」<br>特別寄稿
北陸電力志賀原子力発電所(志賀原子力規制事務所資料より)
P4 2 志賀原発 「PAZ・UPZの位置」 - 齋藤徳美「能登半島地震に思う」<br>特別寄稿
志賀原発「PAZ(予防的避難区域)・UPZ(緊急防護措置を準備する区域)の位置」

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【 齋藤徳美氏 近著紹介 】
 齋藤徳美氏がこれまで取り組んできた研究・実践の事例を「岩手日報」に「猛威と闘う、いわて防災 近年の足跡」と題して2020年4月から2022年9月まで、毎日曜日に2年半128回にわたって掲載されたものをとりまとめ、一冊(400ページ)にまとめ、自主出版した(本紙2023年12月15日号/No. 320で既報)。
・齋藤徳美・著『 岩手・減災 近年の足跡―これからも生かされていく私たち』
・定価:税込1650円 ・発売日:2023/11/11 ・出版社: 盛岡出版コミュニティー
盛岡出版コミュニティー:齋藤徳美(著)岩手・減災近年の足跡

P4 3 齋藤徳美 著 『岩手・減災 近年の足跡』(表紙より) - 齋藤徳美「能登半島地震に思う」<br>特別寄稿
齋藤徳美・著『岩手・減災 近年の足跡』(盛岡出版コミュニティー刊。定価:税込み1650円
本書内容:第1部地震災害、第2部津波災害、第3部火山災害、第4部豪雨災害の4部構成

【参考リンク】

WEB防災情報新聞:[特別寄稿] 齋藤徳美岩手大学名誉教授 住民は危険な深夜に避難、 頻発する風水害対策へ根本的 見直しを!
 2019年10月に関東から東北地方沿岸を縦断した台風19号での岩手県内での避難情報を論考。特別警報の発令はむしろ「避難場所などへの避難行動をしてはならない」との情報のはず、など避難情報の発出に疑問を呈した……

〈2024. 02. 01. by Bosai Plus

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