富士山(Photo Courtesy: wikimedia)

久保智弘
山梨県富士山科学研究所 環境教育・交流部 兼研究部火山防災科

火山災害――低頻度、複雑な災害現象を引き起こす火山災害へ、
10年計画が進行中

●「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」の概要

 2014年9月27日に発生した御嶽山噴火は、死者行方不明者63名を出す戦後最大の火山災害となった。しかし、この御嶽山噴火は水蒸気噴火という噴火現象の規模ではそれほど大きくない 噴火ではあったが、災害発生当日は天候もよく登山日和のため、多くの登山者が火口周辺にいるなかで発生した現象のため、多くの犠牲者を出す結果となった。
 このため、内閣府では2016年に活火山法を改正し、各活火山において火山防災協議会の設置とその協議会を中心とした火山災害対策を進めることとなった(図1)1)。この火山防災協議会での検討は主に、登山客や火山周辺に住む住民を対象とするものが中心だが、火山災害においては広範囲に影響を及ぼす火山灰についても検討が必要だ(過去に富士山や浅間山の噴火による火山灰で関東地方に影響を及ぼしたことがある2)。

P3 2 図1 2016年活動火山対策特別措置法の一部を改正する法律の概要より - 今後迫りくる火山災害への対策研究
図1_2016年活動火山対策特別措置法の一 部を改正する法律の概要より

 また、富士山の最近の噴火である1707年の宝永噴火では、その直前に宝永地震が発生しており、このため海溝型巨大地震だけでなく、同様に火山災害についても検討しておく必要がある。現在、地震防災では、直近の災害想定として検討している南海トラフ巨大地震があることから、同様に富士山の噴火とそれによる首都圏への影響と対策を検討する必要がある。こういったことから、火山災害の対策については、内閣府や国土交通省、総務省が避難計画策定支援や砂防対策、シェルター設置支援などの実務的な支援を行っている3)。

 一方、火山災害の発生頻度は、風水害や地震災害と比べて低頻度であることから、過去の知見や情報が少ない。火山災害は火砕流や溶岩流、噴石、降灰といった噴出物だけでなく地震や地殻変動を伴うことや、降灰による土石流や泥流、融雪型火山泥流、山体崩壊や岩屑なだれ、またそれらによる津波といった複雑な災害現象を引き起こす。このため、こうした複雑な現象や情報量が少ないことから、研究開発によって知見や情報を積み上げる必要がある。
 加えて2014年御嶽山噴火を受けて、文部科学省がこれまでの「観測・予測」に「対策」を加えた3つを柱とし、さらに火山研究者の人材不足という課題を解決するため、「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」を2016年から10年計画で進めている(図2)4)。

P3 3 図2 次世代火山研究・人材育成総合研究プロジェクト概要 - 今後迫りくる火山災害への対策研究
図2_次世代火山研究・人材育成総合研究プロジェクト概要

●火山災害対策のための情報ツールの開発

 この研究プロジェクトの対策研究のうち、課題D3「火山災害対策のための情報ツールの開発」では、災害対応で主体的に活動することになる地方自治体の防災担当者を対象とした3つのコンテンツの開発を行っている5)。
 ひとつは噴火が発生した際、山頂にどの程度人がいたか、避難できたかといった状況や活火山法改正によって作成することとなった避難確保計画に資する情報の提供を目的とした「避難救助用コンテンツ」、もうひとつは、災害対応では状況把握と被害予測情報を効果的に活用して迅速な災害対応・復旧活動を行う必要があることから、降灰によって社会基盤や病院などの重要施設への影響の情報を提供することを目的とした「降灰被害予測コンテンツ」、最後に火山災害は低頻度であることから、火山災害での対応・対策の知識や経験を持つ防災担当者が少ないため、防災担当者の知識と情報把握力の向上と防災担当者自らが防災啓発活動に活用することを目的とした「周知啓発用コンテンツ」を開発している。

P4 1 図3 情報ツールの概念図 - 今後迫りくる火山災害への対策研究
図3_情報ツールの概念図

 前述したように富士山が噴火した場合、地震災害と同様に首都圏に影響を与えることから検討が必要である。このため、内閣府(防災担当)では2018年から大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループを立ち上げて、富士山噴火によってどのように降灰が広がるか、首都圏にどういった影響があるかなど検討を進めている6)。
 しかし、降灰が都市機能へ与える影響については、火山噴火が低頻度であるため過去の知見や情報が少ない。このため、海外の事例や活発な火山を有する鹿児島市などの知見を収集するなどしているが、首都圏はさまざまな機能を集約しており、社会基盤も複雑なため、どういったことが起こるか不明な点が多い。また、首都圏は降雪においても脆弱な一面を見せたこともあり(2014年、2018年)、同様の降灰においても大きな影響を及ぼすことは想像に難くなく、さらに火山灰は雪と違って溶けず、マグマに起因するさまざまな物質を付着しているなどの特徴を持つことからその影響は大きいと考えられる。

 こういったことから、次世代火山研究プロジェクトの降灰被害予測コンテンツの開発では、過去の知見を収集するとともに、事象が少ないことから実験を行い、災害対応や事業継続計画で重要な施設となる病院や官公庁施設、データセンターなどを対象として、その機能に着目して影響を検討している。
 降灰被害予測コンテンツの開発で2019年までに行った実験では、降灰の影響を受け、かつ建築物の機能として重要となる室外に設置する空調設備を対象に行った。空調設備は夏季や冬季に重要な役割を持つだけでなく、病院や執務空間の空気衛生といった観点やデータセンターなどではセンター内の温湿度管理の上で重要な機能である。
 この実験から、室外機(写真1)は火山灰に強い性能を確認できたが、火山灰が内部まで入り込み、電子基盤への付着や内部堆積が見られ、清掃なく使用続けることで影響が発生する可能性があることを確認した。一方、冷却塔(写真2)を対象とした実験では、冷却塔内を流れる水が火山灰と混じって循環することで、火山灰がガラス質や鋭利な鉱物を含むため、冷却塔の水を循環させるポンプのシーリングに影響を及ぼし、機能損失を確認した5)。

P4 2a 写真1 空調機の降灰実験 - 今後迫りくる火山災害への対策研究
写真1:空調機の降灰実験
P4 2b 写真2 冷却塔の降灰実験 - 今後迫りくる火山災害への対策研究
写真2:冷却塔の降灰実験

●予測を超えた事象に柔軟に対応できる心構えと備えが

 今回の実験結果から降灰による建築設備への影響を確認することができたが、この実験は限られた条件と回数しか行えなかったことや、同様に建築物へのインフラとなる電力施設や交通網への影響などについても一部実験が行われているものがあるが(例えば7・8)、まだ十分な影響把握ができてないのが現状である。
 また、建物の機能以外の課題として、火山灰による荷重がある。病院や官公庁施設、データセンターなどの建築物においては、主に鉄骨造や鉄筋コンクリート造によって作られていることから、荷重による影響は小さいと考えられるが、2014年豪雪で首都圏の体育館で被害があったように、避難所となるような体育館の屋根への影響も考えられる。
 さらに、木造家屋についても雪のように火山灰が屋根に積もるだけであればよいが、溶けないことから長期的に積もることによって屋根への影響を及ぼすと考えられる。しかし、建築基準法には積雪荷重はあるが、積灰荷重は存在しないため、今後火山灰に備えていくためには、検討が必要である9)。

 このように火山災害は低頻度であるため、知識や経験が十分でないといった課題があるが、わからないことを実験や過去の情報を参考に現在に落とし込んで検討するといった研究開発が重 要となる。また、対応・対策を行ううえで、少しでも多くその現象と影響について情報を持つことが迅速な対応につながる。このため、引き続き研究開発を行うとともに情報発信を行い、災害に備えるための一助とできるように進めていく必要がある。
 最後に、火山は災害をもたらすが、その期間に比べれば、私たちがさまざまな恩恵を受けている期間はとても長い。また、日本は火山を多く有する国であり、同様に地震も多く発生する国であるが、そういった自然現象と上手に共存してきた国でもある。
 こういったことから、過去の経験や知識を活用するとともに必要な情報を研究や実験により補完して、未来を予測し、その予測を活用して対策を進めるとともに、予測を超えた事象にも柔軟に対応できるよう心構えと備えも必要である。

〈参考〉
1) 内閣府(防災担当)、活動火山対策特別措置法の一部を改正する法律
2) 内閣府(防災担当)、歴史災害の教訓報告書・体験集
3) 内閣府(防災担当)、火山防災協議会等連絡・連携会議
4) 文部科学省、次世代火山研究・人材育成総合研究プロジェクト
5) 文部科学省、次世代火山研究・人材育成総合研究プロジェクト 課題D3
6) 内閣府(防災担当), 大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ
7) 坂井佑介他、火山灰体積地での現地調査における自動車走行上の留意点~土砂災害防止法に基づく緊急調査の実施を想定した現地試験結果より~、土木技術資料、58-9、pp8-13、2016
8) Wardman, J. et al., “Influence of Volcanic Ash Contamination on the Flashover Voltage of HVAC Outdoor Suspension Insulators, IEEE Transactions on Dielectrics and Electrical Insulation Vol. 21, No. 3; 2014
9) 日本建築学会火山災害対策特別調査委員会、「火山災害対策特別調査委員会」活動報告書、日本建築学会、2018

〈2020. 01. 17. by Bosai Plus

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