「多重複合災害」の“不条理”とは―
被災タイムラインの同時・並行進行
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複合災害―「先発型」、「同時先発型」、「同時後発型」、「後発型」――
無数の連鎖的な被害・被災状況の発生、「復興対策」への影響甚大
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国土交通省は、能登半島での地震や大雨を踏まえた水害・土砂災害対策検討会を設置する。地震からの復興途上にあった被災地が記録的な大雨により再度甚大な被害を受けた『複合災害』を教訓とし、その備えを強化するために設置する有識者会議で、第1回会合は1月14日、本年度中に一定のとりまとめを行う予定だ。

先発の自然災害の影響が残っている状態で次の自然災害が発生することで、単発の災害に比べて被害が拡大する『複合災害』は、今後発生頻度が高まると国交省は想定。これに対する備えの強化に向け、有識者会議では河川工学・砂防工学・避難行動・水文気象などの専門家から意見を聞き、効率的・効果的に被害を減少させる方策を検討する。
国土交通省:能登半島での地震、大雨を教訓とした「複合災害」への備えの強化について
2024年9月21日から22日にかけて、石川県能登半島は記録的な豪雨に見舞われた。この大雨災害では、年初の能登半島地震での被災者仮設住宅も浸水被害を受けた。そうした住民には、再び新たに避難所が提供され、食料や生活必需品の支援が行われた。政府・自治体は緊急支援金の支給を決定し、また、ボランティア団体やNPOも現地での支援活動を改めて再展開し、とくに仮設住宅に住む高齢者や障害者への支援が強化された――
一般的には、能登半島を8カ月の時間差で襲った地震と豪雨の二重災害を“複合災害”と呼ぶ。本紙はこれをあえて“多重複合災害”と呼んだ。なんとなれば、これらの災害がもたらしたものは、地震・大雨で見られる被害に加えて、津波、火災、土砂災害、山崩れ、洪水、液状化や海岸線の隆起など地盤崩壊、インフラ被害、仮設住宅の浸水などなど無数の連鎖的な被害・被災状況が発生し、「復興対策」への影響は甚大なものになったからだ。
一般的な被災地の復旧・復興対策とは見なせない“複合的・パラレル的タイムライン”の同時進行が、このような「多重複合災害」の“不条理”だと言える。関東大震災は複合災害の“ショーケース”とも言われるが、南海トラフ巨大地震、首都直下地震、日本海溝・千島海溝で起こる巨大地震で想定される多重被害は言うに及ばず、人口減少・高齢化のなか、高度に複雑化したわが国の社会的な脆弱性を襲う「多重複合災害」は、通常災害においても今後、発生頻度・深刻度が高まると想定されるのだ。
複合災害の想定・研究はいまに始まったことではないが、東日本大震災がその想定を促す大きな転換点になったと言えるだろう。東日本大震災では、“通常の複合災害”に加えて、原子力発電所レベル7の被災というわが国の浮沈がかかる“大複合災害”の発生を見た。

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静岡県の先進的 南海トラフ巨大地震“オールハザード被害想定”
私たちはどこまで“深刻な被災想定”を徹底すべきか
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旧聞に属するが、本紙は2013年7月に「静岡県第4次地震被害想定(第一次報告)〜最悪複合災害の対応シナリオを公表」を取り上げた。静岡県が、南海トラフ巨大地震を引き金に、富士山噴火や中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の被災が重なる“複合災害”を初めて盛り込んだ「静岡県第4次地震被害想定(第一次報告)」を同年6月27日に公表したのだ。東日本大震災での東京電力福島第1原発被災・メルトダウンを踏まえ、複合災害による「最悪のシナリオ」を想定したものだ。


南海トラフ巨大地震、富士山噴火、浜岡原発災害は、いずれも単独発生でも大災害となり、それらへの対応・防災対策は複雑な要因をはらむ。とくに原発事故は、東電福島原発被災までは、原発事故想定すら“タブー視”されていたこと、また、その後の各種被害想定で原発被災の想定が除外されていることを思えば、静岡県のこの想定は“防災先進県”ならではの徹底ぶりであり、社会的に大きな波紋・反響をもたらすものだった。
最近、本紙が再三触れる用語に「トランスサイエンス」(trans-science)がある。
「原発の安全装置がすべて同時に故障すれば深刻な事態になることについて専門家の意見は一致する。そんなことがあり得るのか? という問いが、トランスサイエンス問題となる。確率がきわめて低いことは『科学によってわかる』が、ではそんな低い確率の危険に備えて、もうひとつ安全装置を追加すべきか(あるいは原発を廃棄すべきか)については専門家の意見は分かれる。そこは『科学ではわからない』からだ……限られた科学的データをもとに、社会が決めるべき問題」となる。
トランスサイエンス問題を提唱した米国の物理学者A・ワインバーグ博士は、トランスサイエンス問題に対して科学者が取るべき態度として『どこまでが科学によって解明でき、どこからは解明できていないのか、その境界を明確にすることが科学者の第一の使命である』とし、『わからないことは、正直にわからないと言う』こと。『そんな想定はしなくていいと安易に言ってしまわないこと』と言い換えてもいい」としている――
わが国の災害・防災科学が大規模災害、複合災害を想定し、それへの対策が模索されるいまこそ、現下の原発政策について、国民が広く、十分、熟議すべき議論ではないか。
「防災庁」関連で言えば、南海トラフ、首都直下、日本海溝・千島海溝巨大地震、富士山噴火、そして原発被災――いずれも単独発生でも国力衰退・最貧化をもたらし得るものだが、それが時間差攻撃ならぬ時差発生、あるいは同時発生して巨大複合災害となる“最最悪”の可能性も、「防災大国」を自任するのであれば、想定していいのではないか。

〈2025. 01. 15. by Bosai Plus〉