P1 高知県における事前復興まちづくり計画の考え方(復興パターンのイメージ)より「パターン4 平野部」 640x350 - 究極の“アナログ津波防災”―「防集」

事前防災=復興まちづくり 大津波をかわせ、高知防災

「防災集団移転促進事業」(防集)はなぜむずかしい?
―「差し込み型」防集事業をヒントに…

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●被害最小化につながるまちづくり=事前防災
 南海トラフ巨大地震に備える高知県「事前復興まちづくり」を例に
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 「事前復興」という防災用語がある。とくに阪神・淡路大震災以降浮上した災害・防災・復興研究の考え方で、「災害が発生した際のことを想定し、被害最小化につながる都市計画やまちづくりを研究・計画・推進」することだ。今日、市町村における防災事業の推進における主要事業である減災や防災まちづくりの一環として行われる取組みのひとつともなっている。この事前復興まちづくりの事例として、南海トラフ巨大地震での大津波を想定する「高知県事前復興まちづくり計画」を取り上げる。

 高知県は昨年(2022年)9月に、同計画策定指針を公表した。本紙が注目したのは、その“課題意識”(計画策定目的)として、次のような点をあげたことだ。
▼東日本大震災の被災自治体においては、職員の被災や膨大な災害対応業務によるマンパワーの不足、復興まちづくりの事前準備がなかったことなどの要因により、復興事業の着手が遅れ、事業の完了までに長期間を要した
▼それにより住民や企業が疲弊し、早期再建のためにまちを離れたり、避難先でそのまま定住してしまうことで、被災地域の人口が減少したといった問題が生じている
▼東日本大震災の教訓を踏まえ、南海トラフ地震による被災後でも、住民が早期に生活を再建し希望を持って地域に住み続けることができるように準備を進めておくこと

P2 2 高知県と東日本大震災被災県との被害の比較 - 究極の“アナログ津波防災”―「防集」
高知県と東日本大震災被災県との被害の比較(高知県資料より)
P1 高知県における事前復興まちづくり計画の考え方(復興パターンのイメージ)より「パターン4 平野部」 - 究極の“アナログ津波防災”―「防集」
岩手県大船渡市の「差し込み型」防集事業のアイデアは、2011年7月、同市災害復興計画策定委員であった佐藤隆雄・防災科学技術研究所客員研究員が提案した。「高台の集落の畑などに移転先を埋め込んでいればうまく収まる気がする。防集事業や小集落移転促進事業などをかけて、一戸一戸手当し、埋め込み型の公営住宅とするほうが、安く早くできる」。この構想が、のちの「差し込み型」防集事業につながる。南海トラフ巨大地震対策でも、究極の津波防災は津波浸水が及ばない高台移転であることは言うまでもない(上図:高知県資料より)

 高知県の復興まちづくりへの“課題意識”のポイントは、①復興事業の課題、②被災コミュニティの復興、③復興まちづくりのあり方――となる。
 その計画づくりに向けての具体的な検討“教材”として、東日本大震災での被災各地の復興事業例がある。

高知県事前復興まちづくり計画策定指針(概要版)

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●防災テクノロジーの防潮堤(想定)を超えて押し寄せた大津波
 究極の津波防災はアナログ――「津波が及ばない高所に移転」
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 東日本大震災での膨大な数にのぼる死者の多くは、言うまでもなく津波による犠牲者だ。明治三陸津波でも2万を超える犠牲者が出たが、それは100年以上前の明治時代、災害は天の災いと信じ込んでいた時代の話だった。しかし現代、世界に冠たる防災科学大国を自任し、地震・津波の観測技術で世界の防災に貢献しようというわが国で(原子力発電も同じ轍を踏んだ)、その技術への過信が裏目に出たのが東日本大震災だった。

 大津波は、最先端防災テクノロジーの防潮堤(想定)を超えて押し寄せたが、そもそも“テクノロジーの防潮堤”に科学技術レベルの限界、あるいは想像力の限界があった。端的に言えば、科学的推論であるハザードマップの「津波浸水想定区域」指定が、津波避難の足かせにもなった。想像力が及ばなかったのみならず、「津波はここまで」が、「こちら側は安全」という誤った判断を導いたのだった。

 いっぽう、動物的な危険への嗅覚を活かし、この大津波に備えた“アナログ防災”があった。先人の知恵を活かし、あるいはその伝承を継いで高台に住居を移し、裏手の高台への避難路を設けて大津波から難を逃れた事例がある。究極の津波防災は本来、冷徹なまでにアナログだ――「津波が及ばない高所へ逃げる」。そして東日本大震災の最大の教訓となり得るものは「防災集団移転促進事業」(以下、「防集」)だった。

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●集団移転―移転先を持続性ある新しい“ふるさと”に
 なりわいとコミュニティづくりで 命と財産を保全
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 歴史的に三陸のリアス海岸では繰り返し大津波被害を受けてきたものの、被災者には漁業関係者が多く、防潮堤建設などの防災事業が改めて行われることで沿岸部=被災原地での再建を選び、再び被災するということを繰り返してきた。東日本大震災被災地でも、結果的には「防集」は、必ずしもうまく行かなかった。

 高台移転を妨げる最大の理由に、多額の経済的負担をはじめ、被災者のなりわい、コミュニティが失われるおそれがあげられる。そこで国は、この障害を打開して移転を促進するために「防災集団移転促進事業」を運用している。しかし本来、防災のための移転は、事前防災として、災害を受ける前に行われるべきものだが、被害が大きかった地域・コミュニティでは、災害後に土地のかさ上げや防潮堤の建設など、巨額の防災工事が行われることから、住民はこれで安全と思って移転をしぶる原因ともなっている。

 いっぽう、注目されるのが「差し込み型移転」と呼ばれる岩手県大船渡市で構想・実施された手法だ。防集事業は、1団地は5戸として整備されることになっていたが、平坦な土地が限られていることから、大船渡市三陸町越喜来(おきらい)の住民が国に働きかけ、被災しなかった近隣の地区に点在する空き地を寄せ集めて集団移転事業用地として認める新基準を導入させた。
 この「差し込み型移転」の手法は後にも、事前防災=復興まちづくりの手法として広く知られることになる。「差し込み型移転」の採用は、防集事業の小規模化・細分化により、その遂行を早めることになった。

P2 1 岩手県大船渡市末崎町神坂付近(大船渡市HPより) - 究極の“アナログ津波防災”―「防集」
岩手県大船渡市三陸町越喜来(おきらい)崎浜の「差し込み型」防集事業より。このアイデアは、2011年7月、当時の市防集事業構想で「崎浜は、集落の畑などに移転を埋め込んでいればうまく収まる気がする」との委員のアイデアから生まれた。一戸一戸手当し、埋め込み型の公営住宅とするほうが、安く早くできる」と。この構想が、のちの「差し込み型」防集事業につながる

岩手県大船渡市:高台への移転(防災集団移転促進事業)

 高知県の復興まちづくり計画においても、津波から命を守る対策として「高台移転」(背後に高台)、「多重防護」(沿岸が低平地)が練られている。三陸リアス沿岸とは地形・なりわいなどの条件は異なろうが、津波浸水が及ばない場所への移転が基本であることは言うまでもない。そしてその移転先が、移転する住民にとって新たな故郷として、持続性のある場所であることこそが重要となる。

P2 3 市街地の復興パターン(高知県資料より) - 究極の“アナログ津波防災”―「防集」
市街地の復興パターン(高知県資料より)

〈2023. 04. 01. by Bosai Plus

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