編集部注:
本紙は2020年7月16日付けで、川村匡由先生の著書「防災福祉先進国・スイス」を紹介、読者から好反響をいただきましたので、川村氏に同著上梓の背景などについて寄稿を依頼しました。快諾をいただいてここに掲載します。
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![[特別寄稿] スイスの防災福祉に学ぶ<br> 川村 匡由 (かわむら まさよし)<br>武蔵野大学名誉教授 P3 2 マッターホルン頂上直下にて川村匡由氏(同行の川村夫人撮影) - [特別寄稿] スイスの防災福祉に学ぶ<br> 川村 匡由 (かわむら まさよし)<br>武蔵野大学名誉教授](https://i0.wp.com/www.bosaijoho.net/wp/wp-content/uploads/2020/09/P3-2_%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%B3%E9%A0%82%E4%B8%8A%E7%9B%B4%E4%B8%8B%E3%81%AB%E3%81%A6%E5%B7%9D%E6%9D%91%E5%8C%A1%E7%94%B1%E6%B0%8F%EF%BC%88%E5%90%8C%E8%A1%8C%E3%81%AE%E5%B7%9D%E6%9D%91%E5%A4%AB%E4%BA%BA%E6%92%AE%E5%BD%B1%EF%BC%89.jpg?resize=581%2C640&ssl=1)
小生は社会保障の研究者である半面、山岳紀行家でもあり、これまで『ふるさと富士百名山』(山と渓谷社、1996年)などの出版のほか、『岳人』(東京新聞出版局:現ネイチュアエンタープライズ社)に寄稿したり、講演を依頼されたりしている。このような趣味が高じ、30年前、軽井沢に山荘を持ち、周辺の低山をトレッキングする一方、槍・穂高連峰などはもとより、ハワイやニュージーランド、マチュピチュも訪れるようになった。
なかでもあこがれはスイス・アルプスで、毎年のように出かけているが、そこで気づいたのは自然の景観美だけでなく、気候の厳しい山岳部での都市部に負けない有事と災害対策だった。
たとえば、国境などの断崖や渓谷に弾薬庫やトーチカ(防御陣地)、兵舎、スノーネット(雪崩防止網)、ゲマインデハウス(基礎自治体庁舎)や学校、駅、店舗、ホテル、貸し別荘、診療所、老人ホーム、教会、民家、また、都市部の連邦政府・カントン(州政府)や学校、駅、ホテル、オフィスビル、店舗、アパート、病院、老人ホーム、教会、民家もそれぞれ鉄筋コンクリートの核シェルタ―を建設、2か月~ 1年分の飲料水や食料などのほか、空気清浄機や簡易シャワー・ベッド・トイレ、自動小銃、ライフル銃を保管し、各地区ごとに市民防衛隊を編成、毎月のように有事および雪崩、土砂災害などの防災訓練を繰り返していることだった(写真1、写真2)。
![[特別寄稿] スイスの防災福祉に学ぶ<br> 川村 匡由 (かわむら まさよし)<br>武蔵野大学名誉教授 P3 3 写真1 渓谷に建設された弾薬庫 (ツェルマット郊外にて) - [特別寄稿] スイスの防災福祉に学ぶ<br> 川村 匡由 (かわむら まさよし)<br>武蔵野大学名誉教授](https://i0.wp.com/www.bosaijoho.net/wp/wp-content/uploads/2020/09/P3-3_%E5%86%99%E7%9C%9F1-%E6%B8%93%E8%B0%B7%E3%81%AB%E5%BB%BA%E8%A8%AD%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%BC%BE%E8%96%AC%E5%BA%AB-%EF%BC%88%E3%83%84%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%88%E9%83%8A%E5%A4%96%E3%81%AB%E3%81%A6%EF%BC%89.jpg?resize=640%2C291&ssl=1)
![[特別寄稿] スイスの防災福祉に学ぶ<br> 川村 匡由 (かわむら まさよし)<br>武蔵野大学名誉教授 P3 4 写真2 雪崩防止用のスノーネット(メンリッヒェンにて) - [特別寄稿] スイスの防災福祉に学ぶ<br> 川村 匡由 (かわむら まさよし)<br>武蔵野大学名誉教授](https://i0.wp.com/www.bosaijoho.net/wp/wp-content/uploads/2020/09/P3-4_%E5%86%99%E7%9C%9F2-%E9%9B%AA%E5%B4%A9%E9%98%B2%E6%AD%A2%E7%94%A8%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%EF%BC%88%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%81%AB%E3%81%A6%EF%BC%89.jpg?resize=640%2C480&ssl=1)
しかも、連邦政府は1815年、「永世中立国」を宣言し、外国軍の駐留を拒否し、有事および災害時、官民一体となって取り組む。また、すべての国民は災害保険に加入するとともに、その大半は年30スイスフラン(3300円)を拠出してNPO航空救助隊「REGA」の会員となり、有事や災害時、無料で捜索や救助、病院への搬送に備えている。また、各駅の構内には有事や災害時、一般道路から軍事車両や救急車、パトカーが出入りできる(写真3)。
![[特別寄稿] スイスの防災福祉に学ぶ<br> 川村 匡由 (かわむら まさよし)<br>武蔵野大学名誉教授 P4 1 写真3 一般道路からダイレクトに出入りできる駅ホーム - [特別寄稿] スイスの防災福祉に学ぶ<br> 川村 匡由 (かわむら まさよし)<br>武蔵野大学名誉教授](https://i0.wp.com/www.bosaijoho.net/wp/wp-content/uploads/2020/09/P4-1_%E5%86%99%E7%9C%9F3-%E4%B8%80%E8%88%AC%E9%81%93%E8%B7%AF%E3%81%8B%E3%82%89%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%81%AB%E5%87%BA%E5%85%A5%E3%82%8A%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E9%A7%85%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0.jpg?resize=640%2C373&ssl=1)
また、山岳部の公共交通機関は赤字が懸念されても連邦政府の補助によって廃止されず、農家の戸別所得補償とあいまって国境の警備や環境保全に努めている。このため、世界中の人びとが四季を問わず、訪れている。そればかりか、今般の新型コロナウイルス感染防止のため、都市部のサラリーマンが山岳部に移住、テレワークやワ―ケーションで起業、むしろ人口が増えている。
これに対し、日本は有事は防衛省、災害対策は国土交通省気象庁や総務省消防庁と“縦割り行政”である。企業は利潤の追求一辺倒で、有事や災害対策は二の次、三の次である。その象徴が、2011年、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)および東京電力福島第一原子力発電所事故により地元住民の約4万8000人は今なお各地で避難生活を強いられているにもかかわず、有事には核燃料に転用可能な原発の再稼働を望んでいる始末である。
また、政府は「地方創生」とは名ばかりで、東京五輪の再度の招致など東京一極集中を加速させている一方、地方は市町村合併や赤字の公共交通機関の廃止によって過疎化がさらに進み、限界集落どころか、限界自治体も増えている。そのうえ、2019年12月末現在、国の借金が1110兆7808億円と世界最悪でありながら赤字国債を乱発し、新幹線や高速道路、地方空港・港湾などの土建型公共事業を強行、少子高齢化や人口減少によって自然増の社会保障給付費を抑制している。
もとより、スイスと日本の歴史や文化、民族などの違いはあるにせよ、国連の「世界幸福度ランキング(2020年版)」によると、スイスはフィンランド、デンマークに次いで世界第3位であるのに対し、日本は62位に低迷しており、GDP世界第3位の“経済大国”の実感がない。この原因はどこにあるのか、有事および災害対策、さらに地域福祉も加えた防災福祉として、すべての国民が考えたいものである。
なお、スイスのくわしい最新事情は拙著『防災福祉先進国・スイス』旬報社、2020年、拙稿「スイスの山村を守る自治と暮らし」竹中工務店広報部『approach』2020年夏号(Vol.230 )などを参照されたい。
>>川村匡由「スイスの山村を守る自治と暮らし」(竹中工務店広報部『approach』2020年夏号(Vol.230 ))
〈2020. 09. 17. by Bosai Plus〉