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阪神・淡路大震災から30年、
「語り部 KOBE1995」結成から20年

(*イベント開催日:2025年12月21日現在)

わたしたちは、あの時のことを語り続けています。
それは、その時のことを
いつまでも忘れてはならないという思いからです
(「語り部 KOBE1995」HPより)

《本紙特約リポーター:片岡 幸壱》

「31年目からの語り部のカタチ」のチラシ 742x1024 - 「31年目からの語り部のカタチ」
「31年目からの語り部のカタチ」のチラシ

 「31年目からの語り部のカタチ」(主催=語り部 KOBE1995)が去る(2025年)12月21日、兵庫県神戸市の新長田合同庁舎1階・オープンスペース「mazaru」で開催され、学生、一般などを含む約100人が参加した。

 神戸を拠点に阪神・淡路大震災の経験を伝えるグループ「語り部 KOBE1995」(代表:長谷川元気)は、2004年の結成で、21年となった。メンバーは元小学校教諭、現役小学校教諭、アドバイザーなど14人で構成。
 同イベントでは、大震災から30年間抱えていた想い、時間が経った今だから言えることを会場でシェアし、「31年目からの語り部のカタチとは?」を考えることを目的としている。

■「親子語り部」――震災の”リアル”とその”語り”と

 舩木伸江・神戸学院大学教授の司会で始まり、「親子語り部」ではコーディネーターを矢守克也・京都大学防災研究所教授が務め、長谷川元気・神戸市立若宮小学校教諭と父親の長谷川博也氏が登壇。

1 親子語り部の模様、左から長谷川博也氏、矢守克也氏、長谷川元気氏 - 「31年目からの語り部のカタチ」
親子語り部の模様、左から長谷川博也氏、矢守克也氏、長谷川元気氏

 長谷川元気氏は当時小学校2年生で、木造2階建てのアパートの1階に住んでいた。母と1歳半の弟はタンスの下敷きになり亡くなった。年子の弟と公園で待っていたが、父が目に涙を浮かべて「あかんかったわ」と言って泣き続けた。そして「これからは3人で力を合わせて頑張っていこう」と家族の絆を確かめ合った。

 父が経営する学習塾で生活して、震災前と同じ学校に通った。アパートがあった土地に一軒家を再建し、1階の1室を学習塾としたことなどを話して、「もし今、震災当時の父と同じ境遇になったら同じことができるのかと考えると、悲しみに打ちひしがれて生きる活力を失い、なにもできないと思う」と語った。
 長谷川博也氏は「お互いの顔が見える小さな地域のコミュニティづくりこそ、現在もこれからも最も大切なことだと思っています」と語った。

 2組目の「親子語り部」ではコーディネーターを舩木氏が務め、長男の崔秀福氏、三男の崔秀英氏と父親の崔敏夫氏が登壇。当時、長男は大学3年生、三男は高校2年生で、成人式のため東京から帰省していた大学2年生の次男が倒壊した家の下敷きになって亡くなった。
 1月16日に東京に戻る予定だったが、風邪で体調を崩していて「17日に帰ったら」と声を掛けたことが、悔やんでも悔やみきれないひと言であった(1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災発災)。

 父親は自治会活動を行い命の大切さ、崔秀英氏は語り部として震災の経験と人生観を若者に伝えている。崔秀福氏は今回のイベントで初めて家族や人前で震災時の話をした。

2 親子語り部で、左から舩木伸江氏、崔秀英氏、崔敏夫氏、崔秀福氏 - 「31年目からの語り部のカタチ」
親子語り部で、左から舩木伸江氏、崔秀英氏、崔敏夫氏、崔秀福氏

■語り部座談会――地域のつながり、日々の生活と伝承と

 「語り部座談会」では6つのグループに分かれて、語り部のメンバーと参加者で話し合った。
 「語り部 KOBE1995」のメンバーである田村勝太郎・元小学校教諭と長谷川親子のグループでは、「当時の状況・人の姿を残したい。地域のつながりが大切。日々の生活で伝えていく」などが挙がった。その後、各グループで話し合った内容についての発表が行われた。

3 おわりの言葉を述べる矢守克也氏 - 「31年目からの語り部のカタチ」
おわりの言葉を述べる矢守克也氏

■今後の伝え方のカタチ
――震災を知らない世代も、”実感”

 震災を知らない世代が、自分の家族を想像してより身近に感じられる事を実感させられるイベントだった。
 長谷川氏の父親は塾の先生で、本稿リポーター・片岡(防災情報新聞・特約リポーター)が小学校の時に教えを受けていた。震災前に通っていた塾の有ったマンションを通るが、私自身も阪神・淡路大震災体験者として、そのリアルと教訓を次世代に伝えていかなければと、強く感じた。31年目以降の語り部のカタチが、ますます重要になる。

 「語り部 KOBE1995」は「わたしたちが見た阪神・淡路大震災」(神戸新聞総合出版センター)を発行した。A5版、132ページ、税込み1650円。同団体は語り部の派遣先を募集してる。Eメールでの問い合わせは――kataribe.kobe.1995@gmail.com

※掲載写真については主催者の掲載承諾を得ています(片岡幸壱、編集部)。

▽本紙特約リポーター:片岡 幸壱
神戸市在住。中学2年のとき阪神・淡路大震災に遭遇、自宅は全壊したが家族は全員無事避難。学生時代より取り組んでいる防災を仕事と両立しながら、ライフワークとして、ユニバーサルデザイン(UD)などのイベント・ボランティア参加を続けている。聴覚障がいを持つ防災士としても活躍中。

▼参考リンク:
・語り部 KOBE1995

・語り部 KOBE1995 Facebook

・語り部 KOBE1995 Instagram

・「わたしたちが見た阪神・淡路大震災」(神戸新聞総合出版センター)

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