従来の「80%程度」を「60〜90%程度以上」に上書き
“トランスサイエンス”――備えるしかない
「PossibilityとProbability」の狭間で、“災害からの国防”に備える
国の地震本部・地震調査委員会が南海トラフ地震の発生確率を見直した。これまで「30年以内にマグニチュード(M)8〜9クラスの地震が起きる確率を「80%程度」としていたが、今後は「60〜90%程度以上」または「20〜50%」と併記することになった。

地震本部:南海トラフの地震活動の長期評価(第二版一部改訂)のポイント

これまでの「80%程度」としていた高い確率は、江戸時代の地震記録(史料)を使った仮説を採用した南海トラフだけの特別な計算方法=時間予測モデル(地震エネルギーがいったん放出されれば、次の地震エネルギーを蓄えるために長く時間がかかるという仮説)によるもので、近年、これを疑問視する論文が発表され、国会でも「水増し」ではと指摘されていた。ちなみに、他の地域のように、地震の発生間隔を平均した「単純平均モデル」を使うと20%程度に落ちるという。
本紙は2年前、東京新聞による2022年9月11日付け記事「南海トラフ地震 30年以内の発生確率70〜80%に疑義 備えの必要性変わらないけど…再検討不可欠」と活性確率の算出法に疑問を投げかけた記事を紹介している。
同記事は、「確率算出の根拠となっている高知県室戸市の室津港の地盤隆起の変化が、地震活動によるものではなく、江戸時代の港湾工事による可能性のあることが、本紙と東京電機大の橋本学特任教授(地震学)らの調査で分かった」とし、「モデルには根拠を疑う意見があったが、高い確率を示して防災予算獲得を狙う声にかき消された」と、ジャーナリスティックな言及もあった。
東京新聞(2022年9月11日付け):南海トラフ地震 30年以内の発生確率「70〜80%」に疑義 備えの必要性変わらないけど…再検討不可欠
「ハザードマップ(全国地震動予測地図)はハズーレマップだ!」
確率計算法はともかく……と言うとにべもないが、そもそも地震の予測は阪神・淡路大震災が“想定外”として起こり、関西での地震リスクが伝わっていなかったとの反省から始まっている。地震本部が設置され、地震本部は全国で予想される地震規模や確率を計算、確率の高低を色分けした地震動予測地図などを作り、防災啓発にも使われてきたという経緯がある。
しかし、地震動予測地図で相対的に確率が高くない能登半島や熊本などで大きな地震被害が起こったことから、高い確率の南海トラフや首都直下地震への警戒が強調されるあまり、他地域は安全と受け取られかねない弊害があるとの声まで聞かれるようになった。
実は、南海トラフで特殊な計算方法を使った背景には、「明日起きても不思議ではない」と言われて進められた東海地震などの防災対策への配慮もあったという。最悪で死者29万8千人というM9の想定も、東日本大震災後に被害想定を“最悪”で見直す過程で出されたもので、南海トラフ地震がこの規模で起こるとは限らない。
ロバート・ゲラー氏(東京大学名誉教授、地震学。日本に帰化)は、東日本大震災発災直後に科学専門誌に、日本政府の地震政策は「現実的ではなく科学的でもない」とし、「短期的予知は不可能だし、長期的予測も不可能」と投稿。「周期説は成り立たず、統計的な優位性はない。日本政府は過去40年間も“予知”ができるかのように偽り続けてきた」と痛烈に批判した。そして「ハザードマップ(全国地震動予測地図)はハズーレマップだ!」――とも(本紙下記発行号でこの批判に触れている)。
《Bosai Plus》2016年6月15日発行号(No. 140):「地震予測のリアリティチェック(現実直視)」


とは言え、発生予測(起こり得ること=Possibility)も発生可能性(確率=Probability)もいずれも不確かなものではある。ゲラー氏は「南海トラフ地震は“神話”だ」としたようだが、私たちはこれを“安全神話”にしてはならないだろう。
わが国は4つのプレート上にあって火山列島・地殻変動帯に位置していることはいまは科学的事実だろう。したがって地球地殻の活動として海溝型地震は繰り返してきたし、内陸活断層はいつどこで動くか人間の時間軸では測れない。
国も自治体も住民も、「確率論」には振り回されず、いつでもどこでも地震は起きるという前提での備えが大切だ。もし次なる東日本大震災級の広域大規模災害が起これば、わが国は文字通り、“沈没”すらしかねない。国は、地政学的リスクの「PossibilityとProbability」の狭間で、それこそ“災害からの国防”に備えなければならない。
「トランスサイエンス」という概念がある。『科学に問うことはできるが、科学によってのみでは答えることのできない問題』と定義される。地震のことが完全にわかっていなくても、技術者は建物を建てていくことが求められ、地震学者は発生確率を”目安”として算出することが求められている……

〈2025. 10. 01. by Bosai Plus〉