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○前書き

「日本の災害・防災年表」は、「周年災害」でご紹介した日本人が被災した災害や特異な災害、または政策・法令を変えた災害及び防災対策などを、次の7種・12表の災害分類にまとめています。

(20年2月版・一部欠落)

地震・津波・火山噴火編

気象災害(中世・江戸時代編)

気象災害(戦前・戦中編)

気象災害(戦後編)

広域汚染編

火災・戦災・爆発事故(中世編)

火災・戦災・爆発事故(江戸時代編)

火災・戦災・爆発事故(戦前・戦中編)

火災・戦災・爆発事故(戦後編)

・感染症流行・飲食中毒・防疫・災害時医療編

人為事故・防犯・その他編

災異改元編 

掲載基準は、原則として死亡者+行方不明者100人以上(海外での日本人死亡者10人以上)、死傷者、感染患者1000人以上、全壊・焼失・流失家屋(住家)1000棟(軒)または1000世帯(かまど、戸)以上、床上浸水家屋(住家)5000棟(軒)または5000世帯(かまど、戸)以上などの大災害を選び出して掲載しました。

1.災害・防災年表各編内の災害名・防災対策をクリックすると掲載月の記事にリンクし全文が読めます。
 2.ただし、最新公表の「周年災害」掲載記事についてはリンクしておりませんので、本文記事を直接お読み下さい。
 3.本文中の年月日は太陽暦(グレゴリオ暦)を使用、かっこ内年月日は太陰暦=その時代の年号と暦日。なお、太陽暦の使用開始は1872年(明治5年)12月3日からで、この日が明治6年1月1日になりました。
 4.年号の適用は、明治改元の時に定められた「改元のあった年の1月1日にさかのぼって適用する」ことはせず、改元の前日までは前年の元号で表しました。
 5.災害名は混在しないように、通称または気象庁及び中央防災会議での公認名称のない場合は、火山噴火と火災の場合を除き原則として元号(年)+被災地+災害名としました。
 6.災害名は、表現の統一及び類似のものと年表上差別化が必要なため、年表上とリンク先の掲載当時の見出しの名称とが若干異なることがあります。

■「感染症流行・飲食中毒・防疫・災害時時医療編」

当年表は2005年4月~2019、20年2月の「周年災害」及び「周年災害・追補版」の掲載記事より作成されています。
 ブルーの災害名等をクリックすると掲載ページ(各月)にリンクし、全文が読めます。

 ブルーではない記事名は今回UPした記事ですので、各記事の発生年最終けた及び月と一致する掲載頁(例:1619年1月→2019年1月)を照合してリンクさせ、全文をお読みください。

◯古代から安土桃山時代・中世まで(~1600年)

天武天皇、老いた僧尼が利用できる療養所の開設を指示 ……… 679年11月(天武8年10月)
光明皇后が施薬院を置く ……… 730年5月12日(天平2年4月17日)
天然痘、国内初、大陸から北九州に侵入、聖武天皇“責在予”と勅語、しかし……
 ……… 735年6月22日(天平7年5月23日)
聖武天皇、天然痘初の大流行に際し民の貢、調を免除 ……… 735年9月18日(天平7年8月23日)
天然痘、平城京のみならず全国的に大流行、遣新羅使帰国に関係か-藤原政権倒れ、租税免除、防人制度も停止へ
  ……… 737年5~10月(天平9年3月~9月)
朝廷、疫病により士気の落ちた東国出身の防人を帰郷させ“農”の復興にと配置転換
 ……… 737年10月24日(天平9年9月22日)
延暦9年、裳瘡(天然痘)流行、都から地方へ広まる ……… 790年9月~12月(延暦9年秋~冬)
全国的に天然痘流行、文徳天皇、10年前以降未納の調・庸を免除 ……… 853年3月~10月(仁寿3年2月~9月)
朝廷左右馬寮の馬ほとんど疫病死 ……… 855年5月~6月(斉衡2年閏4月)
朝廷、度重なる災害による社会不安を一層するため、独経祈願行う。崇神天皇治世伝説が起源か
 ……… 856年6月18日(斉衡3年5月9日)
赤痢、国内初の大流行の記録。特に10歳以下の子どもたちに感染 ……… 861年9月(貞観3年8月)
・インフルエンザ3年越しの大流行起こり、初めて公式な史書に記録される。朝廷内にも感染、

災いから逃れるため必死の努力……… 863年2月22日(貞観5年1月27日)~865年5月7日(貞観7年4月5日)
インフルエンザ流行で、怨霊を鎮める朝廷(官)主催の御霊会初めて行われる。民主催の御霊会は祇園祭へと定着

……… 863年6月14日(貞観5年5月20日)
延喜から延長へ改元、干ばつと疫疾による ……… 923年6月3日(延喜23年閏4月11日)
太政官、盗賊横行に対し京都市中の辻々に“道守屋”設置命じる-交番の発祥
 ……… 925年6月28日(延長3年5月30日)
天暦元年天然痘流行、内裏にも侵入 ……… 947年7月~11月(天暦元年6月~10月)
正暦から長徳に改元、-改元の効なく、天然痘の流行政界上層部へ ……… 995年3月30日(正暦6年2月22日)
天然痘政界上層部へ波及-藤原道長の登場 ……… 995年6月13日(長徳元年5月8日)
長徳4年赤疱瘡(麻疹:はしか)歴史上最初の大流行 ……… 998年7月~8月(長徳4年6月~7月)
長徳から長保へ改元、はしか歴史上初めての大流行、藤原摂関政治の終焉のきっかけに

……… 999年2月6日(長徳5年1月13日)
天然痘、大流行し“天下これ煩う”幼児に大流行か ……… 1020年5月(寛仁4年4月)
万寿2年あかもがさ(麻疹:はしか)流行、皇太子妃・藤原嬉子感染し崩御、摂関政治の終焉へ
 ……… 1025年8月~10月(万寿2年7月~9月)
長久から寛徳へ改元、感染症の大流行と干ばつ ……… 1044年12月22日(長久5年11月24日)
永承から天喜へ改元、疫疾(感染症)熾ん(大流行)による ……… 1053年2月8日(永承8年1月11日)
承保から承暦へ改元、白河天皇、悲嘆・痛恨の改元 ……… 1077年12月11日(承保4年11月17日)
寛治から嘉保へ改元、天然痘、はしかが大流行 ……… 1095年1月29日(寛治8年12月15日)
元永から保安へ改元、鳥羽天皇、在位4回目の災異改元で御謹慎 ……… 1120年5月16日(元永3年4月10日)

天治から大治へ改元、疱瘡(天然痘)の流行による ……… 1126年2月22日(天治3年1月22日)
天承から長承へ改元、疫病と火災、凶事重なる ……… 1132年9月28日(天承2年8月11日)
長承から保延へ改元、インフルエンザと飢饉と ……… 1135年5月17日(長承4年4月27日)
平安京(京都)で咳病(インフルエンザ)大流行 ……… 1150年11月23日(久安6年10月26日)
永暦から応保へ改元、疱瘡(天然痘)の流行による ……… 1161年10月1日(永暦2年9月4日)
応保から長寛へ改元、はしか流行による ……… 1163年5月11日(応保3年3月29日)
承安から安元へ改元、天下静かならず、疱瘡朝廷へ侵入 ……… 1175年8月23日(承安5年7月28日)
養和の大飢饉-平家滅亡 ……… 1180年7月14日~1182年(治承4年6月13日~寿永元年)
元久から建永へ改元、赤斑瘡(麻疹:はしか)の流行による ……… 1206年6月12日(元久3年4月27日)
建永から承元へ改元、天然痘の流行と台風災害による ……… 1207年11月23日(建永2年10月25日)
元仁から嘉禄へ改元、疱瘡(天然痘)の流行による、改元最短期間記録

……… 1225年6月4日(元仁2年4月20日)
嘉禄から安貞へ改元、大内裏全焼し荒れ野に、その上はしか大流行

……… 1228年1月25日(嘉禄3年12月10日)
幕府、異常な寒冷気候に際し徳政を行う ……… 1230年8月3日(寛喜2年6月16日)
寛喜の大飢饉、法制度整備後も人身売買は黙認 ……… 1231年8月(寛喜3年7月)
幕府、京都市中治安維持のため篝屋(かがりや)設置-現在の交番へと続く
 ……… 1238年8月7日(嘉禎4年6月19日)
幕府、鎌倉市中にも防犯のため篝屋(かがりや)を設置し住民に勤務させる。自身番の先駆けか
 ……… 1241年1月11日(仁治元年11月21日)
寛元2年三日病(三日はしか:風疹)、初めての流行の記録、近年でも大流行
 ……… 1244年6月19日(寛元2年5月6日)
建長から康元へ改元、赤斑瘡(麻疹:はしか)の大流行による ……… 1256年10月31日(建長8年10月5日)
正嘉・正元の飢饉、流民山野をさまよい、小尼死人の肉を食う。日蓮「立正安国論」執筆
 ……… 1258年7月~1260年(正嘉2年6月~文応元年)
幕府、流民救済策出す ……… 1259年3月12日(正嘉3年2月10日)
日蓮、立正安国論を北条時頼に上申 ……… 1260年8月31日(文応元年7月16日)
建治から弘安へ改元、飢饉が続き疾病(感染症)流行による ……… 1278年3月30日(建治4年2月29日)
延慶から応長へ改元、三日病(風疹)の大流行による ……… 1311年5月25日(延慶4年4月28日)
正中から嘉暦へ改元、近江北部地震と疫病による ……… 1326年6月5日(正中3年4月26日)
嘉暦から元徳へ改元、インフルエンザ大流行による ……… 1329年9月30日(嘉暦4年8月29日)
延文から康安へ改元、兵革:動乱の終結願う、大地震襲来、感染症の流行
 ……… 1361年5月12日(延文6年3月29日)
至徳から嘉慶へ改元、疾病による ……… 1387年10月31日(至徳4年8月23日)
全国的大干ばつ-応永の大飢饉へ ……… 1420年6月~1422年(応永27年4月~29年)
応永の大飢饉で幕府施がゆを行う ……… 1421年3月5日(応永28年1月22日)
文安から宝徳へ改元、洪水、地震、疫病による ……… 1449年8月25日(文安6年7月28日)
宝徳から享徳へ改元、疱瘡(天然痘)の流行による ……… 1452年8月19日(宝徳4年7月25日)
寛正の大飢饉に幕府無策 ……… 1461年3月~4月(寛正2年2月~3月)
長享から延徳へ改元、三日病?流行 ……… 1489年9月25日(長享3年8月21日)
延徳から明応へ改元、疫病禍7年続く ……… 1492年8月21日(延徳4年7月19日)
文亀-永正の飢饉、干ばつによる飢饉が5年間続き疫病も流行 

……… 1501年6月~1505年(文亀元年夏~永正2年)
天文の大飢饉、管領細川勝元、施餓鬼しか行えず ……… 1540年6月26日(天文9年5月12日)
秀吉、大坂城及び城下の街づくり、現在も活きる背割下水(太閤下水)建設に着手
 ……… 1583年10月16日(天正11年9月1日)
大坂で千人斬り事件横行、犯人は梅毒感染者か?禁止高札掲げるも効果なし
 ……… 1586年4月9日(天正14年2月21日)

○江戸時代(~1867年)

元和元年、東北地方冷害大飢饉、津軽信枚公御代日記より ……… 1615年10月~(元和元年8月~)
幕府、江戸に辻番所を設置 ……… 1629年5月(寛永6年3月)
寛永大飢饉に際し、幕府農業政策を大転換 ……… 1642年6月27日(寛永19年5月26日)
江戸町奉行、将軍日光社参に際し、道路、下水整備に関するお触れ出す世界一清潔な街並みへの第一歩

……… 1648年4月20日(慶安元年2月28日)
江戸町奉行、近世世界初の塵芥投棄場所指定-ごみ処理システムへ第一歩
 ……… 1655年12月22日(明暦元年11月25日)
長崎で乳幼児を中心に天然痘大流行 ……… 1662年5月16日(寛文2年3月28日)
江戸町奉行、公儀指定請負制によるゴミ取り船(塵芥収集運搬船)の収集日決める
 ……… 1662年8月11日(寛文2年6月27日)
大芥溜設置で江戸のゴミ処理システム整う、但し各町内の費用負担増える
 ……… 1665年6月29日(寛文5年5月16日)
延宝第一次飢饉、飢民は非人となるか餓死か ……… 1674年7月~1675年(延宝2年夏~3年)
延宝の大飢饉、米価急騰 ……… 1681年春(延宝9年春)~1682年(天和2年)
幕府、辻番規定を改定し衛生管理も職務に-明治時代の防疫活動へ継承

……… 1683年3月27日(天和3年2月29日)
謎の感染症、麻疹(はしか)か?長崎で7000人死亡。西国から東海、江戸へ侵入?
 ……… 1684年6月~(貞享元年4月~)
江戸町奉行、塵芥回収業者に水路の浚渫と永代島付近の埋立を許可、
 町民に協力方厳命し土地造成進む-現代まで引き継がれた大事業 ……… 1696年4月30日(元禄9年3月29日)

はしか全国的流行、将軍綱吉も感染し死去 ……… 1708年10月~09年5月ごろ(宝永5年9月~6年4月ごろ)
享保元年江戸で謎の疫病大流行、8万人が死亡、赤痢?疫痢? ……… 1716年8月(享保元年7月)

幕府、小石川養生所を開設 ……… 1723年1月13日(享保7年12月7日)
幕府、家庭用救急医療書を出版 ……… 1730年4月3日(享保15年2月16日)
ウンカ大発生し享保の大飢饉-江戸初の打ち壊しとサツマイモ登場 ……… 1732年8月上旬(享保17年6月中旬)
疫病退散を祈り、江戸大川(隅田川)で花火大会はじまる-歴史は隅田川花火大会へ引き継がれる
 ……… 1733年7月9日(享保18年5月28日)
享保18年インフルエンザ全国的流行、世界的な大流行の一環か。風神送りとは

……… 1733年7月~8月(享保18年6月~7月)
幕府、疫病救急法を刊行、諸国に頒布する ……… 1734年1月(享保18年12月)
宝暦の大飢饉、東北大冷害で米価高騰 ……… 1755年7月下旬~56年4月(宝暦5年6月中旬~6年3月)
明和6年インフルエンザ、長崎から全国的な流行へ ……… 1769年10月~11月(明和6年9月~10月)
江戸から西国へ疫病大流行 ……… 1773年4月半ば(安永2年3月末)
安永5年はしか諸国で大流行、成人麻疹で死亡者多く ……… 1776年5月~8月頃(安永5年4月~7月頃)
長州病(インフルエンザ)大流行し幕府施薬と御救銭

……… 1821年3月29日~4月8日(文政4年2月26日~3月6日)
文政5年、コレラ初めて日本へ侵入、西日本に広まる ……… 1822年10月上旬(文政5年8月中旬)
天保3年晩秋、江戸でインフルエンザ大流行し長髪での登城を許可

……… 1832年11月(天保3年10月中旬~11月上旬)

幕府、飢饉対策で御救小屋つくる、天保の大飢饉深刻化、幕藩体制が招いた慢性的飢餓、

30年後体制は崩壊し明治維新成る ……… 1837年4月10日(天保8年3月6日)
佐賀藩医楢林宗建、わが国初の種痘の実験に成功 ……… 1849年8月17日(嘉永2年6月29日)
伊東玄朴ら江戸神田お玉が池に種痘所を開設-後年、東京大学医学部へ

……… 1858年6月17日(安政5年5月7日) 

安政5年開国の年、コレラ長崎に上陸ついに江戸へと拡がり史上最大の流行へ、

長崎でわが国初のコレラ治療病院開設 ……… 1858年7月1日~11月初旬(安政5年5月21日~9月末)
文久2年麻疹(はしか)大流行、江戸だけで24万人が死亡、幕府崩壊の一因に
 ………1862年5月ごろ(文久2年4月ごろ)
物価騰貴と慶応大凶作-全国で民衆が一斉蜂起、幕府ついに崩壊 ……… 1866年12月(慶応2年11月) 

◯明治時代から太平洋戦争終戦まで(1868年~1945年)

明治新政府、旧幕府定火消を解体し火災防御隊編成-のち消防署に発展
 ……… 1868年7月8日(慶応4年5月19日)
東京府、邏卒(らそつ:警察官)制度採用し取締組置く ……… 1872年1月3日(明治4年11月23日)
政府、窮民一時救助規則制定 ……… 1872年1月7日(明治4年11月27日)
文部省に医務課設置-内務省衛生局から厚生労働省へ ……… 1872年3月19日(明治5年2月11日)
司法省、違式詿違(かいい)条例で事故防止などはかる ……… 1872年12月13日(明治5年11月13日)
内務省、東京警視庁創設次いで消防章程を制定かつて町火消だった消防組員ようやく落ち着いて活動へ

……… 1874年(明治7年)1月9日~28日
警視庁、電信を初めて架設し緊急連絡に活用 ……… 1874年(明治7年)8月7日
医制発布され近代的医事衛生制度発足、初の法定伝染病(感染症)の指定と届出及び予防法の公的指示

……… 1874年(明治7年)8月18日
内務省、天然痘予防規則布達、種痘強制接種で天然痘根絶への道開く ……… 1876年(明治9年)5月18日
佐野常民、博愛社設立-後年、日本赤十字社へ ……… 1877年(明治10年)5月1日
大蔵省紙幣局(現・国立印刷局)印刷工場内に医員を置く、企業内医療機関のはじめ
 ……… 1877年(明治10年)7月2日
内務省、虎列刺(コレラ)病予防法心得公布 ……… 1877年(明治10年)8月27日
明治期初めてのコレラ3系統で大流行、帰還軍隊の移動で各地方へ伝播、太政大臣命で兵員の移動中止に

……… 1877年(明治10年)9月5日
内務省警視本署、コレラ大流行に対応し、初の感染症専門病院“避病院”設置
 ……… 1877年(明治10年)10月4日
内務省、コレラ防疫のため、便所の改修、下水・ゴミ溜めの清掃について指示

-下水道の歴史と下水道法、汚物掃除法公布への道 ……… 1877年(明治10年)12月28日
飲食物による中毒、薬物の誤用で死亡者が出た場合届出制に食中毒統計調査始まる
 ……… 1878年(明治11年)12月20日
明治12年、コレラ史上最大級の流行始まる ……… 1879年(明治12年)3月14日
内務省、急きょ初の感染症予防法規:虎列刺(コレラ)病予防仮規則を布告-コレラ一揆起こる
 ……… 1879年(明治12年)6月27日
後藤新平、わが国初の民間衛生団体“愛衆社”設立 、

民間の医療関係者による近代的医療・衛生の確立に根ざした健康な国民生活を目指す

……… 1879年(明治12年)12月24日

柴田承桂、わが国初の公衆衛生に関する著述「衛生概論」出版-伝染病予防規則に反映か
 ……… 1879年(明治12年)12月
内務省警視局に消防本部創設され公設(常備)消防組織誕生 ……… 1880年(明治13年)6月1日
備荒儲畜(びこうちょちく)法を制定 ……… 1880年(明治13年)6月15日
伝染病(感染症)予防規則を公布 ……… 1880年(明治13年)7月9日
佐野常民、長与專齋ら大日本私立衛生会設立 ……… 1883年(明治16年)5月27日
一般市街地での近代的下水道の先駆け「神田下水」工事着手。

コレラ予防を目指したが便所からのくみ取りはそのままで、その上補助金打ち切りで中止
 ……… 1884年(明治17年)12月

明治18年コレラ大流行、長崎港から侵入 ……… 1885年(明治18年)8月19日~10月下旬
天然痘、この年以降3年間、明治時代最初の大流行、三菱高島炭鉱で集団感染
 -その後も大流行をくり返すが「種痘法」制定で患者数激減 ……… 1885年(明治18年)12月31日
明治19年コレラ最大級の流行、死亡者10万人を越し死亡率70% ……… 1886年(明治19年)5月~11月
政府、赤十字条約に調印、博愛社は社名を日本赤十字社に改称し国際赤十字へ加盟
 ……… 1886年(明治19年)6月5日
この年、腸チフス明治時代最大の流行、6万6000人余に感染 ……… 1886年(明治19年)12月
発疹チフス、この年だけ明治期最大の爆発的流行 ……… 1886年(明治19年)12月
警視庁、消防職員の居住を制限し、災害時の初動体制確保 ……… 1887年(明治20年)4月26日
長与專齋の提唱でわが国初のサナトリウム(結核療養所)海浜院開設-鎌倉、保養地、別荘地として発展

……… 1887年(明治20年)8月1日
横浜でわが国初の近代水道完成、消火栓も初めて設置 ……… 1887年(明治20年)10月17日
警視庁、消防体制強化の一環で消防署間電話を初めて設置 ……… 1887年(明治20年)12月12日
1888磐梯山噴火-日赤など民間からの災害救援活動の初め ……… 1888年(明治21年)7月15日
この年全国的に流行し、初めてインフルエンザとして一般に紹介される

-病名が時代とともに、咳病、風邪、○○かぜ、流行性感冒と様々に変わる ……… 1890年(明治23年)2月
明治23年コレラ長崎から全国に拡大 ……… 1890年(明治23年)6月27日~12月
北里柴三郎、破傷風の血清療法発見-ノーベル賞を逸す ……… 1890年(明治23年)12月4日
警視庁が警察署、消防署へ非常報知機設置で通信機能整備 ……… 1891年(明治24年)12月28日
大日本私立衛生会、北里柴三郎を所長に迎え初の伝染病研究所設立 ……… 1892年(明治25年)12月8日
明治28年コレラ日清戦争帰還兵、軍役夫から流行、この年4万人余死亡 ……… 1895年(明治28年)2月18日
赤痢、明治29年に死亡率最高を示す、8年間に及ぶ大流行期間の中で ……… 1896年(明治29年)8月~10月
天然痘、明治期第3次大流行この月から始まる、しかし大流行も8か月間で終息-伝染病予防法制定
 ……… 1896年(明治29年)11月
伝染病予防法制定、法整備し感染症に組織的・システム的に対応 ……… 1897年(明治30年)4月1日
三菱生野鉱山で共済組合病院、わが国初の労働者共済組織の病院設置される ……… 1897年(明治30年)5月4日
緒方正紀、ノミがペストを媒介することを証明、北里と共に師弟による対ペストの快挙
 ……… 1897年(明治30年)5月
赤痢、4年間も続いた大流行、この年、年間患者数9万人超え、死亡率25%越え累積患者数もトップの多さ

……… 1897年(明治30年)7月
志賀潔、赤痢菌発見、赤痢大流行の渦中で ……… 1897年(明治30年)12月25日
東京市、市内の水道改良と消火栓設置工事大部分完成 ……… 1898年(明治31年)11月
海港検疫法公布、感染症の侵入を水際で防ぐ。22年前、最初の検疫法規実施にイギリス公使反対し

コレラらの侵入許す。その後欧米との条約改正を経て、全面実施可能に ………1899年(明治32年)2月13日

明治32年ペスト、国内で初の大流行、防疫で北里、野口、緒方3博士が成果
……… 1899年(明治32年)11月~1901年(明治34年)6月

公衆衛生の基本法、汚物掃除法、下水道法ようやく公布、成立が遅れた背景に経済上の問題が
……… 1900年(明治33年)3月7日

結核死亡率、この年から10万人あたり200人を越え、以降19年間も続く-民・官・軍を挙げての打開策進む 

……… 1905年(明治38年)12月31日
ペスト、侵入以来最大の流行年、阪神地区に患者集中、紡績産業の発展と表裏一体か
 ……… 1907年(明治40年)10月~12月
天然痘関西を中心にまん延、最後の大流行-種痘法制定で根絶へ ……… 1908年(明治41年)1月
日本結核予防協会設立、理事長に北里柴三郎就任、国民病予防の中心的存在に ……… 1913年(大正2年)2月11日
大正5年横浜港寄港船でコレラ患者発生、感染者の便で港内が汚染され拡散、最期の大流行の年
 ……… 1916年(大正5年)7月27日
わが国初の労働法、工場法ようやく施行 ……… 1916年(大正5年)9月1日
スペインかぜ、世界的大流行(パンデミック)の大波が押し寄せた。国内死亡者39万人

……… 1918年(大正7年)8月下旬
後藤七郎と塩田廣重、先人のさまざまな試みと失敗を糧に、日本で最初の近代的輸血に成功
 ………1919年(大正8年)2月、6月
結核予防法公布、結核予防対策の基本法として誕生 ……… 1919年(大正8年)3月27日
特設消防署規定公布、まず4大都市に次いで戦時下の最重要都市に官設常備消防を設置
 ……… 1919年(大正8年)7月16日
警視庁消防部、携帯用消防電話を開発し制度化 ……… 1919年(大正8年)12月4日
健康保険法公布、社会保険制度始まる ……… 1922年(大正11年)4月22日
東京帝大セツルメント、関東大震災の救援活動の中から誕生 ……… 1924年(大正13年)6月10日
警視庁消防部、電話自動交換システム導入で世界初、火災通報専用番号採用、但し誤接続発生-119番採用へ

……… 1926年(大正15年)1月20日
静岡陸軍歩兵第34連隊で集団食中毒 ……… 1927年(昭和2年)2月9日
東京で消防緊急通報ナンバー“119番”誕生、横浜市でも同年に誕生 ……… 1927年(昭和2年)10月1日
生活保護法の前身、救護法公布 ……… 1929年(昭和4年)4月2日
昭和6年インフルエンザ全国にまん延 ……… 1931年(昭和6年)1月
東京市連合防護団が結団され防空消防の時代へ ……… 1932年(昭和7年)9月1日
第1回全国産業安全大会開催 ……… 1932年(昭和7年)11月21日~23日
神奈川県警察部、横浜市に消防機関初の救急自動車配置 ……… 1933年(昭和8年)3月13日
日本脳炎、関西から関東へ侵入大流行となる。媒介の蚊もわかり日本脳炎との病名も提唱されていた

 ……… 1935年(昭和10年)8月~36年(同11年)1月
埼玉県越ヶ谷町で初の医療相互扶助組織・越谷順正会発足 ……… 1935年(昭和10年)12月
警視庁消防部、民間の寄付を得てようやく救急業務開始、救急要請電話番号も119番。

交通事故、工場災害の急増に対応 ……… 1936年(昭和11年)1月20日
浜松一中運動会で大福餅食中毒事件、最大のサルモネラ菌中毒事件 ……… 1936年(昭和11年)5月11日
結核予防国民運動振興週間始まる ……… 1936年(昭和11年)10月20日
保健所法公布、軍部の健兵健民政策を乗りこえ国民の衛生向上と健康増進を目指す
 ……… 1937年(昭和12年)4月5日
大牟田爆発赤痢事件、疑惑の化学工場爆発事故、塚本メモ市政のぬれ衣晴らす

……… 1937年(昭和12年)9月25日
厚生省、軍部の強い提唱で内務省から分離独立-戦後、労働省が分離独立するが、中央省庁再編に伴い再統合

……… 1938年(昭和13年)1月11日
国民健康保険法公布、国民皆保険制へ第一歩 ……… 1938年(昭和13年)4月1日
防護団、消防組と統一し、住民による自衛防空・防火組織、警防団発足 ……… 1939年(昭和14年)1月24日
官民協力の結核予防会、結核研究所の設立と日本結核予防協会の解散
 ……… 1939年(昭和14年)5月22日、11月8日、11日
浜名湖アサリ貝中毒事件、呉羽紡績排水に疑惑 ……… 1942年(昭和17年)3月8日~4月9日
警視庁、自衛消防規則制定。その日、東京初空襲 ……… 1942年(昭和17年)4月18日
盗んだブタノールアルコール、酒代わりに飲んで死亡 ……… 1945年(昭和20年)7月1日~3日

◯太平洋戦争終戦から10年前まで(1945年~)

浦賀港停泊中の引揚船で爆発的にコレラまん延、10万人が上陸許可されず病気と飢えに苦しむ
 ……… 1946年(昭和21年)4月5日~
酒の代替品!メチールアルコールで中毒死亡者続出、醸造用米、大麦の食用転用が背景
 ……… 1946年(昭和21年)6月
東京で配給はんぺん中毒事件、この年食中毒事件頻発、食糧配給制度が背景 ……… 1946年(昭和21年)7月8日
昭和21年配給小麦粉集団中毒事件 ……… 1946年(昭和21年)8月30日
配給の旧日本軍用牛肉缶詰め中毒事件、戦争犠牲者たちを襲った事件 ……… 1946年(昭和21年)10月21日
消防団令公布、警防団を廃止し消防団を復活-消防団のおかれた現状、東日本大震災で
 ……… 1947年(昭和22年)5月1日
災害救助法制定、救助活動の全般的規定設ける ……… 1947年(昭和22年)10月16日
消防組織法制定され自治体消防発足-施行の日が消防記念日に ……… 1947年(昭和22年)12月23日
予防接種法公布、戦後の感染症流行を背景に、荒廃した公衆衛生体制の復興と増進期待
 ……… 1948年(昭和23年)6月30日
消防法制定、消防が火災予防に強力な権限と任務もつ ……… 1948年(昭和23年)7月24日
八大都市の警察で警察通報用電話(110番)スタート、ただし最初は番号がバラバラ

……… 1948年(昭和23年)10月1日

東京消防庁、通信指令室設置、緊急通報受付と出動指令を本署で一本化 ……… 1949年(昭和24年)3月31日
狂犬病予防法公布(予防法制史) ……… 1950年(昭和25年)8月26日
初の全国労働衛生週間始まる ……… 1950年(昭和25年)10月1日~7日
大阪シラス食中毒事件-腸炎ビブリオ菌発見 ……… 1950年(昭和25年)10月21日

東京消防庁、消防無線車初の運用開始 ……… 1950年(昭和25年)11月8日
厚生省、日本脳炎を法定伝染病に指定-予防接種開始後患者数激減 ……… 1954年(昭和29年)6月1日
第1回全国労働衛生大会開催、全国労働衛生管理協議会発足-全国労働衛生協会創立へ
 ……… 1954年(昭和29年)10月14日~15日
雪印乳業脱脂粉乳中毒事件 ……… 1955年(昭和30年)3月1日~3日
アジアかぜ、戦後最大のインフルエンザの流行 ……… 1957年(昭和32年)5月~
新国民健康保険法公布、世界で最も優れた社会保険制度“国民皆保険体制”確立、
 国の戦時体制維持政策が国民の健康維持欲求とマッチし被保険者拡大
 ……… 1958年(昭和33年)12月27日
国民安全の日を閣議了解 ……… 1960年(昭和35年)5月6日
防災の日を閣議了解 ……… 1960年(昭和35年)6月17日
防災の日始まる ……… 1960年(昭和35年)9月1日
小児マヒ(ポリオ)予防で陳情-予防方法改正され患者数急激な減少 ……… 1961年(昭和36年)6月19日
鎌倉海岸で電気クラゲ大量発生 ……… 1961年(昭和36年)7月25日
初の総合防災対策法・災害対策基本法公布 ……… 1961年(昭和36年)11月15日
A2型インフルエンザ大流行-同症誘因死亡者2万3000人に ……… 1962年(昭和37年)1月~5月
国立がん研究センター開設 ……… 1962年(昭和37年)2月1日
消防法が改正され救急業務が法制化 ……… 1963年(昭和38年)4月15日
中央防災会議、防災基本計画を初めて策定 ……… 1963年(昭和38年)6月14日
宝組勝島倉庫爆発火災-消防法、消防組織法を改正し規制及び対応強化

……… 1964年(昭和39年)7月14日~15日
横浜市消防局、消防特別救助隊「横浜レンジャー」を発足 ……… 1964年(昭和39年)8月20日
政府、献血推進を閣議決定、アメリカ大使肝炎感染事件と無能な血液政策を批判する世論に押される
 ……… 1964年(昭和39年)8月21日
東京消防庁、救急指令センター運用開始 ……… 1965年(昭和40年)3月6日
インフルエンザ大流行、3月25万人が発症しピークに ……… 1965年(昭和40年)3月
広島県産酢ガキ食中毒事件-加工・保存基準設定される。原因ウイルス“ノロ”も解明、

カキ中毒は調理人の責任にあらず ……… 1966年(昭和41年)12月中旬~下旬
東京消防庁、全国に先駆け消防ヘリコプター1号機運用開始し航空消防始まる
 ……… 1967年(昭和42年)4月1日
第1回緑十字展始まる、白地に緑十字が安全のシンボルになったいきさつ
 ……… 1968年(昭和43年)9月30日~10月7日
新型インフルエンザ香港かぜ、足かけ3年間に渡り中程度の流行

……… 1968年(昭和43年)9月~70年(同45年)4月
大阪府枚方市“敬老のつどい”ちらし寿司食中毒事件 ……… 1969年(昭和44年)9月15日
第1回全国消防救助技術大会開催 ……… 1972年(昭和47年)9月28日
新型インフルエンザ、国立予防衛生研究所で世界的に流行の“ソ連かぜ”とわかる
 ……… 1978年(昭和53年)1月
省エネ対策法を施行-地球温暖化対策へ ……… 1979年(昭和54年)10月1日
六都県市合同防災訓練始まる-九都県市合同防災訓練へ ……… 1980年(昭和55年)9月1日
防災週間を閣議了解 ……… 1982年(昭和57年)5月11日
毎日新聞、エイズについて最初の報道 ……… 1982年(昭和57年)7月20日
第1回救急の日、救急医療週間始まる。救急活動の実績と体制整備を背景に
 ……… 1982年(昭和57年)9月9日
朝日新聞、エイズの疑いのある血友病患者の死亡報道 ……… 1983年(昭和58年)7月12日
国際消防救助隊、合同訓練行い実質的に発足 ……… 1986年(昭和61年)4月11日
消防法改正され、全国常備消防機関に人命救助専門の救助隊及び特別救助隊設置を法制化
 ……… 1986年(昭和61年)4月15日
最初の異性間接触でのエイズ患者認定-薬害エイズ事件も明らかに

-近年のHIV感染者年間1000人台で高止まり傾向 ……… 1987年(昭和62年)1月17日
国際緊急援助隊(JDR)法制定-後に自衛隊参加で自己完結型組織の派遣も可能に、感染症対策チームも新設

……… 1987年(昭和62年)9月16日
自治省消防庁、119番の日を制定-秋季全国火災予防運動起点の日となる ……… 1987年(昭和62年)11月9日
初の地球温暖化防止行動計画を策定 ……… 1990年(平成2年)10月23日
救急救命士法公布-救急業務の発展へ ……… 1991年(平成3年)4月23日
道央自動車道玉突き衝突事故、医師を乗せたヘリが事故現場へ初の着陸 ……… 1992年(平成4年)3月17日
女子労働基準規則が改正され、警察職員に次いで女性消防職員の深夜業務認められる
 ……… 1994年(平成6年)3月11日
第1回国連防災世界会議、横浜市で開催-続いて神戸市、仙台市で同世界会議開催へ
 ……… 1994年(平成6年)5月23日~27日
東京消防庁、特殊救急車「スーパーアンビュランス」1号車導入配置 ……… 1994年(平成6年)10月31日
警察庁、各都道府県警察に広域緊急援助隊創設-警察災害派遣隊へ拡充 ……… 1995年(平成7年)6月1日
自治省消防庁、緊急消防援助隊創設-8年後法制化なる ……… 1995年(平成7年)6月30日
国の防災基本計画を全面改定、阪神・淡路大震災の教訓活かし ……… 1995年(平成7年)7月18日
堺市O157集団中毒事件、原因は学校給食、カイワレダイコンに風評被害が ……… 1996年(平成8年)7月12日
東京消防庁ハイパーレスキュー誕生 ……… 1996年(平成8年)12月17日
防災基本計画、初めて事故災害対策各編を追加 ……… 1997年(平成9年)6月3日
京都でCOP3開催、京都議定書採択-温室効果ガス排出量の多い先進国の削減目標決定
 ……… 1997年(平成9年)12月3日~15日
地球温暖化対策の推進に関する法律公布-推進大綱で具体的に進め、原発停止も乗り切る
 ……… 1998年(平成10年)10月9日
感染症予防法公布、101年ぶりに伝染病予防法を時代の要請に即して根本的に見直し
 ……… 1998年(平成10年)10月2日
東京消防庁、わが国初の高度救急処置対応ヘリコプター運用開始-次いでドクターヘリの時代へ
 ……… 1998年(平成10年)10月30日
雪印低脂肪乳集団中毒事件 ……… 2000年(平成12年)6月25日~8月1日
総務省消防庁、緊急支援情報システム運用開始 ……… 2001年(平成13年)7月1日
国連災害情報事務所リリーフウェブ神戸開所 ……… 2001年(平成13年)8月16日
BSE国内感染牛初の確認-防疫対策等実施 ……… 2001年(平成13年)9月10日
市営日向サンパーク温泉、レジオネラ症集団感染事件 ……… 2002年(平成14年)7月1日~30日
AED(自動体外式除細動器)操作一般人も可能に、高円宮殿下の急逝で推進 ……… 2004年(平成16年)7月1日
変異型クロイツフェルト・ヤコブ病、国内初の発症者を厚労省が確認 ……… 2005年(平成17年)2月4日
HIV年間感染者1000人を越える。エイズ発症率40%と高く ……… 2007年(平成19年)12月
中国製冷凍餃子中毒事件、食料品の輸入額をいったん減少させたが、6年後には回復

……… 2008年(平成20年)1月29日 

▼読者の皆様へ

ここに掲載した大災害以外に、永く銘記すべき災害について掲載のご提案がございましたら、下記へご一報ください。
 防災情報新聞社 担当者:
 編集委員・山田 征男 Eメール:yama@88.catv-yokohama.ne.jp/FAX:045-391-7246

▼以下の「日本の災害・防災年表」(20年2月版・一部欠落)各編に進む

地震・津波・火山噴火編

気象災害(中世・江戸時代編)

気象災害(戦前・戦中編)

気象災害(戦後編)

広域汚染編

火災・戦災・爆発事故(中世編)

火災・戦災・爆発事故(江戸時代編)

火災・戦災・爆発事故(戦前・戦中編)

火災・戦災・爆発事故(戦後編)

感染症流行・飲食中毒・防疫・災害時医療編

人為事故・防犯・その他編

災異改元編 

(下記WEB防災情報新聞「周年災害」トップ下「日本の災害・防災年表」は全記事をリンクしています)

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防災情報新聞:2018年9月の周年災害より以前

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(2020.7.5.更新)

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